第14話 夜の片付けと、一人の青年
花火大会が終わると、旧三間中学校の校庭には、ゆっくりと静けさが戻ってきた。
さっきまで歓声と笑い声で満ちていた場所が、今は余韻だけを残している。
夜風が心地よく、遠くで虫の声が聞こえた。
「よーし、片付けるぞー!」
三好大悟社長の声が響く。
社員たちは疲れた顔をしながらも、どこか誇らしげに動き始めた。
子どもたちは眠そうに親に抱かれ、地域の人々は「楽しかったよ」と笑顔で帰っていく。
北島岳は、ゴミ袋を手に校庭を歩きながら、胸の奥にじんわりとした熱を感じていた。
(……すごい一日だったな)
草刈り。
整地。
BBQ。
花火。
そして、150人を超える人々の笑顔。
(こんな日が来るなんて、思ってもみなかった)
疲労は限界に近い。
だが、心は満たされていた。
「たけし、そっちは終わったか?」
三好が声をかけてくる。
「はい、あと少しです」
「よし。今日はよくやったな」
「社長こそ……」
「俺は楽しんだだけだ」
三好は豪快に笑った。
「でもな、たけし。今日のこれは“クラブの始まり”だ。
ここからが本番だぞ」
「……はい」
岳は深く頷いた。
(選手……監督……スタッフ……
まだ何も決まっていない)
不安が胸を締めつける。
だが、それ以上に――
(やらなきゃいけない。やりたいんだ)
その思いが強かった。
片付けが一段落した頃、校庭の隅で一人の青年が立っているのに気づいた。
街灯の薄い光の中、黒いパーカーにジーンズ。
背は高く、姿勢が良い。
だが、どこか影のある雰囲気をまとっていた。
(……誰だろう)
岳が近づくと、青年は軽く会釈した。
「すみません。片付け、手伝います」
「え? あ、ありがとう。君は……?」
「近所に住んでます。
今日のイベント、遠くから見てました」
「そうなんだ。楽しそうに見えた?」
「はい。すごく」
青年は少しだけ笑った。
だが、その笑顔はどこか寂しげだった。
「君、名前は?」
「……三崎です。三崎陽斗」
「三崎くん。ありがとう、助かるよ」
二人でゴミを拾いながら、岳はふと気づいた。
(動きが……軽い)
ゴミ袋を持つ手つき、しゃがむ姿勢、立ち上がる動作。
どれも無駄がなく、しなやかだった。
(スポーツやってた……?)
そう思った瞬間、三崎がぽつりと言った。
「……サッカー、やってました」
岳の心臓が跳ねた。
「本当かい?」
「はい。高校までですけど」
「どこの高校?」
「……宇和島商業です」
岳は息を呑んだ。
(宇和島商業…!
監督が言っていた“卒業生でまだ現役のやつ”……?)
三崎は続けた。
「でも、今はやってません。
事情があって……」
それ以上は言わなかった。
だが、その言葉の奥に、何か重いものがあるのを岳は感じた。
「三崎くん」
「はい」
「もしよかったら……
またここに来てくれないか?」
三崎は驚いたように目を見開いた。
「……僕が、ですか?」
「うん。
今日みたいに手伝ってくれるだけでもいいし……
サッカーの話を聞かせてくれるだけでもいい」
三崎はしばらく黙っていた。
夜風が吹き、草の匂いが漂う。
やがて――
「……考えておきます」
その言葉は、拒絶ではなかった。
むしろ、どこか救いを求めるような響きがあった。
「ありがとう。無理はしなくていいからね」
三崎は軽く会釈し、暗がりの中へと歩いていった。
その背中を見送りながら、岳は胸の奥に小さな灯がともるのを感じた。
(……もしかしたら)
今日の草刈りやBBQとは違う、
もっと静かで、もっと確かな“第一歩”。
(彼が……最初の選手になるかもしれない)
そんな予感が、夜の校庭に静かに広がっていった。




