第13話 草刈りの朝、街が動き出す
土曜日の朝。
旧三間中学校の校庭には、まだ朝露が残っていた。
北島岳は、誰よりも早く現地に到着した。
昨日までの疲れが体に残っているはずなのに、足取りは軽かった。
(……今日が、クラブの“最初の一日”だ)
胸の奥がじんわり熱くなる。
校庭の真ん中に立つと、昨日刈った草の匂いがまだ残っていた。
風が吹くたび、草の切り口がかすかに香る。
そこへ――
「おーい、たけし!」
軽トラックのエンジン音とともに、三好大悟社長が到着した。
「社長、おはようございます」
「おう。いい顔しとるな」
三好は荷台から草刈り機を二台降ろし、肩に担いだ。
「今日は祭りだぞ、たけし」
「……はい!」
午前九時。
続々と車が校庭に入ってくる。
宇和島オレンジトレーディングの社員たち。
その家族。
子どもたち。
近所の人々。
自治会の人。
愛媛新聞の記者。
うわじまっくすの編集長。
地元の商店街の人まで。
気づけば――
校庭には百五十人以上が集まっていた。
「すげえ……」「こんなに来るとは……」「草刈りなのに……?」
岳は圧倒されていた。
(本当に……こんなに集まってくれたんだ)
その時、三好が声を張り上げた。
「みんなーっ!!」
校庭が静まり返る。
「今日は“宇和島オレンジエクストリーム”の第一歩だ!
草刈りだろうが整地だろうが、全部クラブの歴史になる!」
社員たちが笑い、子どもたちがはしゃぎ、地域の人々が頷く。
「そして午後はBBQ! 夜は花火だ!
全部俺の自腹だ! 楽しめーっ!!」
歓声が上がった。
「社長、太っ腹ー!」「花火楽しみ!」「肉いっぱい食べるぞ!」
岳は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……すごい。
本当に、街が動いてる)
草刈りが始まった。
草刈り機のエンジン音が校庭に響く。
刈られた草が風に舞い、陽光にきらめく。
社員たちは汗を流しながら草を刈り、
子どもたちは小さな熊手で草を集め、
地域の人々は軽トラで草を運ぶ。
「キタさん、こっち終わりましたー!」
「次はこっち頼む!」
「草、すごい量ですね……!」
岳は走り回りながら、みんなに声をかけた。
(……これが、クラブを作るってことなんだな)
ただの草刈りじゃない。
ただの整地じゃない。
“街の人々がクラブの一員になる瞬間”だった。
昼過ぎ。
校庭の一角に設置されたBBQ会場から、肉の焼ける匂いが漂ってきた。
「パパー! お肉焼けたよ!」
晃が皿を持って走ってくる。
「おお、ありがとう」
岳は肉を頬張りながら、周囲を見渡した。
社員たちが笑い合い、
子どもたちが走り回り、
地域の人々が談笑し、
社長が豪快に肉を焼いている。
「たけしー! 食え食え!」
「社長、焼きすぎですよ!」
「いいんだよ! 祭りなんだから!」
岳は、胸の奥がじんわり温かくなった。
(……こんな光景、想像もしなかったな)
ほんの数週間前まで、
自分は総務部の窓際で、
静かに仕事をしていただけだった。
それが今――
百人以上の人が、自分のクラブのために集まっている。
(……すごいな)
その言葉しか出てこなかった。
夕方。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、花火の準備が始まった。
「キタさん、点火の位置ここでいいですか?」
「安全距離は確保してます!」
「子どもたちはロープの外に!」
岳は走り回りながら、最後の確認をしていた。
(……不安だ。
でも、やるしかない)
胸の奥に、充実感と不安が同時に渦巻いていた。
その時――
「たけし」
三好が隣に立った。
「よくやったな」
「いえ……まだ何も……」
「いや、やったよ。
見ろよ、たけし」
三好が指さした先には――
笑顔の人々。
走り回る子どもたち。
肉を焼く社員たち。
草刈りで疲れた顔をしながらも、誇らしげな地域の人々。
「これが“クラブの第一歩”だ」
岳は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……俺、本当にやってるんだな)
その瞬間――
夜空に、最初の花火が上がった。
ドンッ。
大輪の光が、旧三間中学校の空に咲いた。
子どもたちが歓声を上げ、
大人たちが拍手し、
街がひとつになった。
その光の下で、岳は静かに呟いた。
「……よし。
ここからだ」
宇和島オレンジエクストリーム。
その旗は、確かに今日、街の中に立ったのだった。




