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サッカークラブメイキング 〜ど素人社長、丸投げされる?〜  作者: 双鶴


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第15話 三崎陽斗という名前

 週明けの月曜日。

 北島岳きたじま・たけしは、まだ体の奥に残る筋肉痛を引きずりながら会社へ向かった。


 週末の草刈り、BBQ、花火大会。

 150人を超える人々の笑顔。

 そして――

 夜の片付けで出会った青年、三崎陽斗。


(……あの子、気になるな)


 ただの手伝いに来た青年ではなかった。

 動きのしなやかさ。

 言葉の端々に滲む“サッカーの匂い”。

 そして、あの寂しげな目。


(宇和島商業の卒業生……)


 監督が言っていた“まだ現役でやってるやつもいる”という言葉が頭をよぎる。


(もしかして……)


 岳は胸の奥に小さな期待を抱えながら、宇和島商業高校へ向かった。




 グラウンドでは、放課後の練習が始まっていた。

 高校生たちの声が響き、ボールの音が乾いた空気を切り裂く。


 監督は腕を組み、選手たちを見つめていた。


「北島さん、来たか」


「はい。少しお時間いただけますか」


 二人はベンチに腰を下ろした。


「で、どうした?」


「実は……週末の草刈りのあと、ある青年と会いまして」


「青年?」


「はい。名前は――」


 岳は息を整えた。


三崎陽斗みさき・はるとと言います」


 その瞬間、監督の表情が変わった。


 驚き。

 戸惑い。

 そして――

 どこか痛みを含んだような沈黙。


「……三崎、だと?」


「ご存じなんですか?」


 監督はしばらく言葉を発しなかった。

 グラウンドの向こうで、選手たちの声が響く。


 やがて――


「……あいつは、うちの“10番”だった」


 岳の心臓が跳ねた。


「10番……!」


「県内でもトップクラスのセンスだった。

 視野が広くて、判断が速くて……

 何より、サッカーを心から愛していた」


 監督の声には、懐かしさと悔しさが混じっていた。


「じゃあ、どうして……」


「大学に進んだが、怪我をした。

 それで……サッカーを辞めた」


 岳は息を呑んだ。


(怪我……)


「詳しいことは言えんが……

 あいつは“サッカーから離れた”んじゃない。

 “サッカーを失った”んだ」


 監督は空を見上げた。


「三崎がここに来たのは……偶然じゃないかもしれん」


「……そう思いますか?」


「お前たちが草刈りして、BBQして、花火を上げて……

 街が動き始めた。

 その空気に、あいつは引き寄せられたんだろう」


 岳の胸が熱くなった。


「北島さん」


「はい」


「三崎を“選手として”誘うのは、まだ早い。

 あいつの心は、まだ戻っていない」


「……分かります」


「だが――」


 監督は岳を見た。


「“クラブの仲間”としてなら、声をかけてもいい」


「仲間……」


「そうだ。

 サッカーをやるかどうかは別として、

 クラブに関わることで、あいつの心が少しでも動くなら……

 それは悪いことじゃない」


 岳は深く頷いた。


「……ありがとうございます。

 少しずつ、話してみます」


「焦るなよ。

 あいつは繊細だ。

 だが、根は優しい。

 そして――」


 監督は微笑んだ。


「サッカーが大好きなやつだ」


 その言葉が、岳の胸に深く刺さった。




 会社に戻ると、総務部は週末の後片付けと報告書で大忙しだった。


「キタさん、BBQの領収書まとめました!」


「花火の安全管理報告、これでいいですか?」


「自治会からお礼の電話がありましたよ!」


 岳は次々と飛んでくる声に応えながら、

 机に座った瞬間、どっと疲れが押し寄せた。


(……疲れた)


 体は重い。

 頭も痛い。

 目も乾いている。


 だが――


(でも……前に進んでる)


 その実感が、疲労を上回っていた。


 そして、胸の奥にはもうひとつの感情があった。


(……三崎陽斗)


 あの青年の寂しげな目。

 しなやかな動き。

 そして、監督の言葉。


――あいつは“10番”だった。


(……もしかしたら)


 岳は小さく呟いた。


「……彼が、最初の選手になるかもしれない」


 その予感は、まだ小さな灯火だった。

 だが、確かにそこにあった。


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