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「あのクソババァ、どう落とし前をつけさせてやるか」
苛立ちを抑えられないまま麺を勢いよく啜ったため、中池はスープの跳ね返りをクシャクシャのワイシャツに受けた。
「あぁ!ったく、ついてねぇ!」
箸を持ったまま、右手をカウンター席に強く押しつけた。
道永京子の行方が分からないーーシモベの伊藤から連絡を受けたのは、約一ヶ月前だ。
道永京子へ貸し付けた1000万の毎月の返済が滞ると、毎日の様に道永のアパートへ取り立てのため、伊藤を送り込んだ。
道永がよく通うスナックにて、道永自身がステージ4の乳癌を患っている情報を得たのは、道永が行方をくらましてから数日後のことだ。
中池は、道永が死ぬ前にどうにか利子付きの金銭を取り返そうと、伊藤とその他数名を道永のアパートへ金になる物の押収と、道永を連れてくるよう命令した。
しかし、道永の家に金になりそうな物は一つもなく、いくら待てど、本人の帰宅はなく、今現在もアパート目の前で伊藤を待機させているが、中池の望む報告は一向にないままだった。
(どうせ死ぬんだし、臓器全て貰っとくか。にしてもあのババア、どこに逃げやがったんだ?)
道永への報復計画で頭がいっぱいのまま中池がラー油に手を伸ばすと、そばにあった胡椒を倒し、隣席まで転がった。
「あ、すいません」
隣席のラーメンの器にぶつかる寸前で、中池が転がる胡椒を手に取ると、にわかに口角が緩んだ。
「大丈夫です」と微笑みながら答える綺麗な顔立ちから目が離せない中池は、それに釣られるようにニヤニヤした。
ちょうど食べ終えた様子の隣席は、厨房に向かって「ご馳走様」と一言いうと、店を後にした。
(あれぐらい綺麗な男なら、まぁ、悪くないな)
鼻の下が伸びた中池のイライラは、いつの間にか吹き飛んでいた。
「お待たせ」
瀬那緒翔は暖簾をくぐると、根本令士に向かって右手を振った。
「道永京子って、どうやって攫ってきたんだっけ?」
「工場勤務終わった直前に工場内で攫って監禁してました。癌の進行のせいかと思うんすけど、いつの間にか死んでました」
「そっか。じゃあ死んだ後に、道永を艶端長官の顔に整形したんだね」
「そうっす。動画配信後、頭と胴体は山中に埋めてきました。元々そこまでフォロワーのいるアカウントではなかったんですが、今回の生配信が拡散されて、今回の動画で艶端長官の安否について、ネットで騒動になっています」
「大して手を加えなくても、世間が騒ぎ立ててくれるから助かるよね。で、道永についてなんだけど」
「道永については、30年前くらいから無差別殺人を繰り返している人物で、明るみなってはいないですが、ドーナツ事件レベルの殺害方法を繰り返していたことはウチの幹部の情報から得ています。要するに、死に値する人間でした」
「よく道永を見つけたね令士、後でご褒美をあげるね。いやぁ、艶端長官にはこれまで何度も僕が手を煩わせることなく、抹消すべき人間たちを死刑にしてくれたから感謝しているんだよ。長官は立場上、相当な恨みを買っていたから、長官自身のメンタルが危機的状況に陥っていたんだ。だから今回の件を利用して、長官は死んだってことを世間に伝えたかった。僕なりに、命を狙われる恐怖から解放してあげることができたと思っているよ」
瀬那尾はとろける様に微笑んだ。
「そうだったんすね。翔さんのお役に立てて良かったっす。この件は、ゾウ組の取組み・成果として上にすでに報告しているんすか?」
「今回の件は僕から長官への感謝の気持ちだから、成果としてあげるつもりはないよ」
「そう言うと思っていました。ところで、長官がメンタルを病んでいる事と失踪計画の情報はどこから入手したんですか?」
瀬那尾はニッコリ微笑んで、”教えない“と返した。
ーーーー
外の景色は段々と傘を持つ人の姿に変わり始めた。
20分以上その景色を見つめているが、もう少し行き交う人々を眺めていたい気持ちだった。
その視界を遮るかのように、マイロが窓側の隣の椅子に座った。
「何か待っているのか?」
「いえ、ただ雨が止むのを待っているだけです」
深夜までずっと雨の予報なのを知っているが、ただ座って過ごしている、と言う回答は避けた。
眺めていた景色を班長に邪魔されたため、明人は仕方なく紙カップのホットコーヒーに手を伸ばした。
人の時間を邪魔した割に班長は、何か問いかけてくる訳でもなく、沈黙の時が流れた。
「昔、救いたかった人がいた」
マイロが徐に話はじめた。
「人の手を借りず、どんな案件もほとんど自身で解決してしまう、人間離れした奴だった」
自身のことを話しているかと問いたかったが、明人は黙ってマイロの目をみた。
「同じ道を進むだろうと想定していたが、そいつは俺とは少し違う方向を歩んだ。仕事上、関わることがほとんどなく、奴がどのような業務を行っていたか知ることができなかった。俺が仕事で1年間日本を離れていた時、そいつが業務中に姿を消したと情報が入った」
抑揚も力強さも無い言葉に、明人は黙って耳を傾けた。
「あれから数年経つが、奴の生存情報はまだ流れてこない。死んだ可能性もあるが、特異な性質を持った奴のことだ。きっとどこかで息を潜めて生きていると思う。ただ、もし死んでいたらと思うと、もし俺が奴のそばで任務をしていたら、その場で救えたに違いないし、そうしたら、俺は奴の一挙一動に今でも目を奪われてたに違いない。・・・そうやって悔やむことが、正直今でもある」
班長はそこまで言うと、先程まで明人が見ていた景色に目をやった。
「ここまで話してなんだが、明人。救えたかもしれないと、自責の念に駆られたとしても、それは自分がそう思っているだけで、実際にはどうにも出来ない事だったんだ。悔やんでも天地がひっくり返る訳ではない。また次に備えればいい。それだけの事だ」
先程までの無機質な表情は、いつの間にか優しい表情へと変わっていた。
明人は、励ますかのような言葉とその綺麗な微笑みに言葉を失った。
「あ・・・」
その瞬間、目眩で上体が疼き、そのまま椅子へもたれた。
明人の脳内は、艶端裁判所長官に関わる画で溢れた。
これもまで知る由もなかった、ドーナツ事件の犯人像まで映し出されると、明人は鼓動と共に、一気に涙が溢れた。
呼吸が落ち着いた頃、班長が肩と背中に手を添えて声をかけていることに気づいた。
「明人、落ち着いたか?」
「班長、見えました」
明人の涙は止まらないまま、強い眼差しでマイロを見返した。




