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明人は拍子抜けすると、大きく瞬きをした。
「武井さんでいらっしゃいますか?私は上原と申しますが・・」
「はい、電話を頂いた武井沙耶子の娘の典子です」
明人たちは艶端長官の行方を追うため、大束より情報を得た人物との接触を試みた。
ドーナツ事件後、堀田を擁護するため大束が奔走している際に出会った人物が、堀田雅也の母の姉にあたる武井沙耶子だ。
堀田雅也の両親はすでに他界していたが、幸いにも武井沙耶子と会う機会を得られた。
しかし、事件のショックのせいで、武井沙耶子は親族の構成以外話す事はなかった。
当時、警察からの事情聴取を何度も受けていた武井沙耶子の表情は苦悶に満ちていた。
堀田雅也を救うために多くの情報を得ることは大切だが、そのために親族の心を抉る行為に抵抗があった大束は、時間をかけて少しずつ武井沙耶子から情報を得ていこうと決めた。
しかし、大束の良心は報われる事なく、時を待たずして堀田の死刑は執行された。
武田沙耶子についての情報を大束から得ていたため、明人たちはより慎重に接する必要があると考えていた。
大束から上原に、武井沙耶子と連絡がとれたと電話があったのは昨日の夕方のことで、上原はさっそく武井沙耶子へ連絡し、喫茶店にて会う約束をした。
「母はもう高齢なので、私が代わりに会うって事を母から聞いてなかったですか?」
灰皿に灰を落としながら、武井典子は4人を見渡した。
「そのような事情がおありだったんですね。でも、武井沙耶子さんの娘さんとお会いできて幸いです。貴重なお時間を頂き、感謝します」
娘が代理で来ることは聞かされていなかったが、そこは濁しつつ上原は笑顔で答えた。
金髪と至る所にピアスが施された武井典子は、大束からの情報で得ていた武井沙耶子の印象とは程遠い人物であった。
初めこそ驚いたが、典子の見た目と軽い口調に、明人たちはありがたさを感じた。
「雅也のことについて話せばいいんですよね?私のいとこにあたるけど、実はそんなに雅也の家族について知らないんですよねー。私が小学生の頃は電車に乗ってよく堀田家に遊びに行ったけど、中学くらいから交流がさっぱりなくて。今思えば、私の母が避けていたのかも。堀田家族に会うのを」
「それは、なぜですか?」
上原の問いに、典子は口をへの字にした。
「小さい頃は何も知らなかったけど、多分、雅也が原因だと思います。あいつ、家族に暴力振るっていたんだと思います」
典子の言葉の後、喫茶店内を奏でる会話と笑い声、ジャズがそれぞれの耳に響いた。
「確信はないし、母からそれを聞いたわけじゃないけど。私と雅也、同い年で、中学校も隣同士だったんだけど。雅也って顔もスタイルも良かったから、ウチの学校の女子の間で噂になるくらい人気があったんです。で、クラスメイトが雅也紹介してっていうから、乗り気じゃなかったけど放課後にそのクラスメイトと2人で雅也の家に行って、確か、インターホン鳴らして雅也が出て来たんだけど。雅也がクラスメイトと会話している間に私はトイレ借りるために中に入ったら、知子叔母さん、あ、雅也のお母さんね、顔が殴られたみたいに赤くして床に座ってて。雅也のお父さんも、手とか足にアザがあって。2人ともそれを隠すように、笑顔で挨拶してくれたんだけど。そしたら会話を終えて戻ってきた雅也から、笑顔で早く帰るように促されて、そこで急に怖くなったのは覚えています。家に帰って母にこの出来事を話したけど、色んな家庭の事情があるから、この事は誰にも言っちゃいけないって言われました」
典子は時折アイスコーヒーを飲みながら、他人事のように話を続けた。
「知子叔母さんと雅也のお父さんが自殺した後、雅也は成人していて居酒屋と焼肉屋掛け持ちで生計立てていたみたいだけど、雅也の弟、大河は児童養護施設に預けられたみたいです。大河は私と雅也の8個下だから、今は30歳ですね。大河とは、小さい頃に数回しか会ったことしかないから、残念だけど大河に関する情報は何も待ってないです」
「堀田雅也さんは2人兄弟ですか?」
「そう、雅也と大河の2人兄弟。あ、そういえば、5年くらい前に大河が入っていた児童養護施設の人から連絡がありました」
4人は静かに耳を傾ける。
「大河の行方を知らないかって。タイムカプセル開けて出てきた写真を渡したいって言われたんだけど、行方も知らないし、捨てていいですって言ったんだけど、会った時に渡して欲しいって言われて、うちに送られてきました」
「その写真、拝見させて頂いても宜しいですか?」
「うーん、どこに置いたか忘れたけど、一応探しておきます。もし見つかったら連絡します」
その時、典子の言葉を遮るようにマイロのスマホが鳴った。
その場でスマホを耳に傾けて通話を始めると、切れ長の目が少しだけ見開いた。
「山本から数分前に生配信が開始されたリンクが送られている」
マイロは多くを語らずスマホを持った手を上下させて閲覧を促すと、明人たちはすぐさまスマホを手に取った。
“憲法の番人にお仕置きを“と記されたタイトルの画面に、薄暗さを纏う動画が流れる。
角の様なものが2本生えた褐色の覆面に、同色の分厚いローブを着用した人物が右手に蝋燭を持ち、縄で拘束された人間の周囲をゆっくりと歩いている。
配信間もない動画には、冷やかしと疑問を投げかけるコメントがすでに溢れていた。
映像と相反するかような幼児向けの英語のBGMは、不気味さを演出している。
拘束された人間は俯き、動く気配がない。
嫌な予感を払拭できないまま、時間だけが流れる。
覆面の人物は蝋燭を机上に置くと、傍らにある斧を右手に持った。
拘束された人間の元へゆっくりと歩み寄ると、俯く人間の髪を左手で鷲掴みし、顔を露呈させた後、首あたりを目がけ斧を勢いよく振った。
「っ・・・!」
灯凜は寸前に画面から目を逸らし、椅子に座った状態で前屈みになり、小さく震えた。
「くそっ!!!」
ケイの声が周囲に響くと、店内に沈黙が時が流れた。
「ねぇ、大丈夫・・・?」
マイロが電話対応に入ったタイミングでトイレに行って戻ってきた典子は、全員を凝視した。
喫茶店に馴染む雰囲気で会話をしていたはずなのに、戻ってくるや否や、重苦しい雰囲気に様変わりしている。
誰1人として問いかけに答える素振りはない。
特に、真っ黒な髪に切れ長の目をした男にはとてもじゃないが、先ほどまでの空気で話しかけるのは無理だ。大袈裟ではなく、殺気を感じる。
訳も分からぬまま、ついには典子も眉間に皺を寄せるはめとなった。
明人のこめかみに、一筋の汗が伝った。
唐突の出来事に思考は追いつかず、鼓動が全身に響き渡る。
明人は、マイロの視線に気づいていた。
しかし、それを見返す余力はない。
いつもなら、不吉な予感を身体の不調が伝えてくれた。
目眩や頭痛という予兆の後、頭に画が浮かんでくるはずなのに。
なのに、今日はなぜ。
今、自分の頭はクリアだ。
明人は俯き、静かに震えた。




