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14-5

「あの判決はね、今世紀最大の誤審だったと、みんなが悔やんでいるよ」

大束幹男(おおつかみきお)は、怒りと悲しみが入り混じる顔で言い放った。


群馬よりの埼玉県内に住む大束は、定年退職後に埼玉の田舎町に移り住んだ。

築100年近い空き家をほぼ1人で改築し、悠々自適な日々を送っている。

現役時代は都内にて記者の仕事をする傍、『死刑制度を考える会』現在のオリーバ・デ・ラ・フォルトゥーナに所属していた。

オリーバに入会の条件はほとんどなく、幅広い世代が活動していたが、特に熱心な組織員が当時は100人ほど在籍していたと大束は語った。


「私は退会してもう20年ほど経つが、ドーナツ事件ほど組織が熱くなった例はないんじゃないかな。私は今でも、人間は更生できる生き物だと信じている。そのためには日本の常識と政治を変えねばならん。特に、政治の世界は根腐れを起こしているから、根っこを取り除いて、新たな種をまく必要がある」


明人たちは、山本の知人を経由し大束へ近づき、”世間を騒がせたニュースの真相に迫り、書籍化を目指す趣味サークル“だと嘘をついてインタビューを申し込んだ。

それなりの覚悟で山々と田んぼに囲まれた町までやってきたが、政治の根腐れというパワーワードをさらりと言い放った大束の熱い眼差しを直視できないでいた。


「堀田君はね、あんな残忍な事ができる人間じゃないんだよ。彼が生きていれば、彼の人柄を知れば、貴方たちも理解できただろうに・・・。彼は最後まで無実を訴え続けていた。証拠物だって、堀田君を犯人に仕立て上げるために検察側がでっち上げた証拠なんだよ。検察と裁判官はグルだからね。警察が犯人の手がかりを掴めないでいたから、被害者と接触した写真一枚で犯人と断定したんだよ」

大束の目はいつの間にか見開き、こぢんまりとした室内に興奮気味の声が響いた。


「あぁ、ごめんなさい。堀田君を思い出してこみ上げてくるものが。当時世間は、残忍極まりないこの事件に怯えて過ごしていたからね。警察は焦って冤罪に走ったのさ。市民の感情に左右されず、真犯人の逮捕に取り組むのが警察の本来あるべき姿なのに」

大束は怒りを誤魔化すように、趣味サークル一行へお茶とお菓子を食べるよう大きな素振りを見せた。

明人や灯凜はこの空気を変えたい一心で、大束に勧められたお茶とアソートパックの和菓子を無作為に取ると開封して口に入れた。


「死刑を言い渡した最高裁判官について、大束さんは現在どのような感情を抱いてますか?」

一刻を争う事態のため、感情を逆撫でする覚悟で陽臣が先陣を切った。

湯呑みを口にした大束の動作を明人たちは静かにみつめた。


「艶端霧子。彼女はこの世の悪魔だ。人間らしい感情を持ち合わせていない。あなた方は若いから一部の記事や映像でしか彼女の悪行を知る由がないだろうね。彼女は地方裁判官の時代から、堀田君以外の冤罪者にも躊躇なく死刑を言い渡してきた。私たちは冤罪者たちに寄り添い、弁護士と共に無罪である確信を持って、声を大にして無罪を訴えてきた。

大衆をも味方につけて再捜査を訴えてきたが、艶端の前では無力だった。あのような人間、いや悪魔が法曹界を頂点に君臨するなど、もはや独裁国と何ら変らない!」

その後しばらくの間、大束の口から艶端を卑下する言葉が続いた。


「貴方たち、書籍の出版を予定しているんだよね?もし必要であれば、私が記者をしていた頃に集めた艶端に関する情報を印刷して渡すこともできるぞ。書籍に提供者の名を実名で掲載してくれたって構いはしない。むしろ私の名を掲載頂けたら、この地道な活動を世に刻むことが出来て光栄に思うよ。どうか冤罪者たちの命を、あの悪魔から救ってやってくれ」

大束は明人たちに向かって、深々と頭を下げた。


駅に向かうタクシー内にて、軽快に口を開く者はいなかった。

ケイはもちろんのこと、陽臣や野希羽までもが物思いにふける様子だ。

いくら業務に関わる事情聴取の為とはいえ、身分を装うことには抵抗があるし、その上偽った身分に期待される結果まで付いてきた為、去り際に大束へかける言葉は慎重にならざるを得なかった。

書籍の出版を待つと言う大束の言葉が、社交辞令であって欲しいと願うしかなかった。


「大束さんには悪いが、自分たちは目の前のやるべきことに取り組むだけだ。立場が違えば、目標も変わって当然だ。あまり気に留めるなよ、特に明人」

助手席に座る猪山麗奈の心地よい声が後部座席へと伝わった。

心なしか、この声がマイロたちの乗車する後方タクシーへ届いたように感じた。

はい、と一言だけ返事をすると、明人は窓ガラスに映る自身をじっと見つめ、そのまま窓側へ肩を預けた。




ーーーー


本日の食堂の日替わり定食は職員に大人気の明太子カルボナーラうどんだ。

明太子カルボナーラうどんとセットのほうれん草の胡麻和えも味付けが絶妙で、その他の定食にもセットで付けて欲しいと多くの職員からの希望が絶えないと噂だ。

しかし、大人気日替わりメニューを前にして、4人の箸は珍しく動きが鈍かった。

昨日の大束の件が明人と灯凜とケイ、そして陽臣の脳裏から離れない。


大束の人柄は、艶端最高裁判長官を罵る時以外、全て好感度の高いものだった。

赤の他人を自宅に招き入れると自身の経歴や信念に付いて、こちらが聞かずとも細かく答えてくれた。

見ず知らずの冤罪者のために人生を捧げてきたと言っても過言ではなかった。

私生活を冤罪者救出の活動に捧げ、仕事の面でも、弱者側の目線で取材を続けていた。

献身的な生き方を強調する訳でもなく、大束自身の人生を語る上で身を捧げてきた内容が出てくるのは必然だった。

あくまでも大束の口から語られたものではあるが、内容を正当化や美化したり、盛っている様子は見受けられなかった。

それに、改築した古民家の壁にピンで留めた写真や記事の切り取りが彼自身を表現していた。

大束から直接聞いたわけではないが、壁の内容から、現在は貧困家庭を支える活動に取り組んでいることが窺えた。

地元の子供たちと思わしき人物らとテーブルを囲んでカレーを食べている大束の顔は屈託のない笑顔だった。

その他にも団地の高齢者の見回り活動や、地元のグランドゴルフ大会に参加していると見て取れる地域誌の切り抜きや、A1サイズのカレンダーの裏面に高齢者の訪問活動をまとめた手書きの予定表の存在に、明人たちは気づいた。


大束は国の上層部らを嫌悪しつつ、地域社会に貢献すべく地方行政の福祉活動等に携わっている。

大束と直接会って話を伺うことで、大束の人間臭さとその人情深い人柄を知る事ができた。

艶端最高裁判所長官を救うための重要な手がかりを得たはずなのに、明人たちは正義感を削がれた気分に陥った。


「これから、どうします?その・・・艶端長官の失踪追跡ですけど・・・」

“やめるべきか“を口にする勇気はなく、灯凜は箸を手に取り強く握りしめた。

灯凜の言葉に、3人は返す言葉を探るように、同じく箸を握った。


「警察はどこまで情報をつかんだのでしょうか・・・。先日SP業務を担当した方に問い合わせましたが、詳細はまだ伝えられない、とのことでした」

「失踪となりゃ、もう俺たちの出る幕はねぇよな。その、言い方はアレだが、こうなった以上、警察の朗報を待つしかねぇよ」

陽臣とケイの言葉に返事はなく、4人は俯き加減でうどんに手を伸ばした。


「お前ら、速報ニュースみたか?リユガヌ共和国の大統領らが、何者かの襲撃を受けたそうだ。大統領の安否については不明らしいが、リユガヌ共和国民はこの襲撃に便乗して、打倒政権を掲げて暴動を起こし始めたらしい。噂では、リユガヌ共和国民をまとめる気鋭の人物が現れたとか」

4人の鼓動が早くなり、明人はむせた。


「リユガヌ共和国民は唐突に現れたジャンヌダルクにすんなり味方するなんて、よほどのカリスマだな。まぁ、こんな信頼の厚い人物にも紆余曲折あっただろうし、どこかで命を救われた経験だってあるだろうな」

食べ終えた後藤局長が、明人とケイ側の後ろの席で軽快に話を続ける。


「お前ら、歴史に名を残す人物の命を救ったんだろ?その方法がどんな形であれ、お前たちは守るべき命を救ったんだ。あの時、保守的な思考を捨てて守った命、後悔してないよな?」

後藤は珍しく自然な口調で微笑むと、お盆を持って返却口に歩いて行った。


「局長・・・食堂で明太子カルボナーラうどん、食うのか」

「えっ待って、そっち!?」

ケイの漏れ出た心の声に灯凜がツッコミを入れると、明人と陽臣がうどんを吹きそうになるのを必死で堪え、冷水を一気に流し込んだ。



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