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最高裁判所長官である艶端霧子には『冷徹な魔女』と言う異名がある。
これまで何度も死刑を宣告した艶端に対して、ネット民が皮肉の意味で命名した。
いつの間にかメディアでもその名が起用され、今では国民の間で“冷徹な魔女と言えば艶端“が定着している。
注目を浴びる殺人犯たちは、最高裁判所で艶端に「死刑」を判決されるため、「殺人犯が最高裁まで行けば魔女に死刑判決されるのがオチだ」と、ブラックジョークのように囁かれた。
このブラックジョークが世間一般に定着した故に、“冷徹な魔女“はいつまで経っても“冷徹な魔女”のままだった。
一部メディアが次の衆議院議員総選挙にて罷免の可能性を報道するも、日本を震撼させた『ドーナツ事件』の犯人である堀田雅也に対し艶端は死刑を言い渡し、更に冷徹な魔女を定着させた。
艶端の罷免を大きく訴える団体がメディアで取り上げられると、艶端の罷免は確実であると、タレント出身のコメンテーターまでもが断言するようになった。
死刑廃止を掲げる組織の動画が盛り上がりを見せると、堀田雅也は証拠不十分・濡れ衣を着せられた、と抗議デモまで起こり、艶端への脅迫は日に日に大きくなった。
しかし、艶端はマスコミにコメントを求められた際も毅然と対応し、遂に堀田は死刑執行日を迎えた。
その後も、艶端はメディアの攻撃に惑わされることはなかった。
艶端の信念を支えたのは、多大なる知識とそれに基づくロジックだった。
灯凜は『ドーナツ事件』にまつわるネット記事を漁るうちに、当時の記憶が蘇った。
事件直後、テレビは濁すように報道していたが、週刊誌は胸を抉るような描写を文字にしたお陰で、ドーナツ事件は瞬く間に世間に対し、恐怖を煽った。
当時、自身の年齢前後の女の子たちが惨殺された挙句、損壊した遺体の一部を被害者宅に郵送するのが犯人の常套手段だった。
そして何より衝撃的だったのが、遺体の一部と大手チェーンのドーナツを併せて郵送していた。
この事件後しばらくは、集団下校と併せて、部活や塾は保護者の送迎が必須となった。
(嫌な事件思い出したなぁ・・)
灯凜は無意識に、自身の上腕を手で数回さすった。
6人目の被害者の捜査にて、容疑者として浮上したのが堀田だった。
当時23歳だった堀田と6人目の被害者となった12歳の少女が2人で歩いているところが偶然写真に映り込み、この写真の提供がきっかけで、捜査線上に堀田が浮上した。
堀田は事件関与を否定したが、捜査にて堀田は犯人と断定された。
堀田は当時、焼肉屋に勤めていた。
それ以外に特筆することのない経歴の持ち主だったが、女子ウケの良い程よくワイルドなルックスとその顔に似合うファッションセンスから、報道されるたびにネットでは堀田を擁護する信者の声とそれを批判する声で溢れた。
ドーナツ事件の容疑者として堀田が浮上して4日も経たないうちに、堀田を崇拝する掲示板が立ち上がると、これが市民感情を揺さぶる発端となり、ニュースのコメンテーターが話題の一環として意見することもしばしば見受けられた。
灯凜は当時の記憶をとめどなく思い出すと、なぜ自分は忌々しい事件を忘れかけていたのか不思議に思えた。
(暗い出来事だったから、記憶に蓋をしていたのかも・・)
灯凜は新発売のピーチジャスミンを、乾いた喉へ流し込んだ。
山本の追跡情報を基に、明人たちは都内から離れた緑地公園へ、警察より一足先に辿り着いた。
車が公園内の目的地へ到着すると、一行は一斉に車から降りた。
大自然が目の前に広がる。
駅から離れた立地のためか、知名度と行き交う人は少ないようだ。
乗車中はずっと無線機の音に耳を傾け、気の抜けない時間を過ごしていたが、大自然の空気とそよ風が明人たちに絡みついた暗闇の糸を少しばかり解いてくれたため、気持ちばかり呼吸が楽になった。
「おい、これを見てくれ」
ケイが班長らに目を向けながら自身の足元に指をさした。
辺りに散らばった国家総合事務局のメンバーらがケイの元に集うと、黙ってケイの足元を見る。
大きなスーツケースが開けられたまま芝生に横たわっていた。
「この大きさなら、艶端長官も入りそうですね」
誰もが想定しつつ口に出さなかった言葉を、新参者の藤原が躊躇なく発した。
野希羽と争うくらいに小柄な艶端なら、膝を抱え込むような体勢で目の前のキャリーバッグへ裕に収まるだろう。
犯人は予めこのあたりに目星をつけ、キャリーバッグに詰めた艶端を中から出した後、車を乗り換えたようだ。
乗り捨てられた車も少し離れた場所で発見された。
「あの、私たちこれからどうすれば・・?」
新人バイト生のような藤原の問いに、誰1人言葉を返さなかった。




