第五話 いじめ?(その1)
その日、依頼を受けたルイーゼは会議室の予約をするため、総務部に初めて顔を出した。
総務部に着くと、皆忙しそうに働いている。
「すみません。会議室のスケジュール担当の方、いらっしゃいますか?」
「はいはい、私です」
そう言って出てきたのは、ルイーゼより少し年上の女性だった。名札にデボラ・スルーズと書いてある。
「こちらの会議室を3日の15時でお願いしたいのですが」
「15時ですね。お使いになる部署はどちらかしら?」
「王太子府と財務部です」
「……」
デボラは一度固まっているように思えた。
「大丈夫でしょうか?」
「あっ、ええ。お取りしますね。ここにサインを」
ルイーゼはサラサラっとサインを書くと、会釈をして総務部を退出していった。
デボラはサインされた記録簿を見返す。達筆な字で、ルイーゼ・グリーンと書かれている。
(ルイーゼ・グリーン。殿下直属の秘書官ですって?あんな若い、子どもみたいな子が?
嘘でしょ?)
デボラの記録簿を握る手に思わず力が入った。
その数日後、ルイーゼは再び総務部を訪れていた。
「先日はありがとうございました。次の会議の予約を取りたいのですが」
担当のデボラが記録簿を持って受付まで出てきた。
「はい。日時をどうぞ」
「10日の15時でお願いします」
「はい」
デボラは、バサッと雑に記録簿を出した。
「サインです。前回もお願いしましたから、覚えていらっしゃいますよね。」
「ええ。」
ルイーゼは少し困惑しつつも、サインを書き終えると、お礼を言って退室していった。
その後ルイーゼは別の部署へ寄った後、大量の書類を抱えて執務室へ戻るため廊下を歩いていた。すると、知らない男性官僚が声をかけてきた。
「君、重そうなの持ってるね。手伝ってあげようか?」
「いえ、執務室はすぐですし、結構です。お気遣いありがとうございます」
そう言って歩き出そうとするが、男性に行く手をふさがれる。
「別に気を遣わなくていいんだよ。その後、お茶でもしない?」
「仕事が立て込んでますので、難しいです」
「そんな真面目になんなくてもさー、可愛いんだから素直になりなよ」
「???」
ルイーゼがどうしようか困っていると、後ろから革靴の音がコツコツと足早に近づいてくる。
「ふーん、君の部署は余程暇なのかな?今は年度始めで、ナンパしてる余裕はないはずなんだけど?それとも仕事を増やした方がいいのかな?」
後ろからやってきたのは、笑顔だが吹雪を背中に背負ったエリオット王太子であった。
(殿下、目が笑ってなくて怖いです)
ルイーゼは心の中で、こっそりツッコミを入れた。
「しっ失礼しました!」
男性は慌てて走り去っていった。
「全くちゃんと仕事しろっつーの!」
エリオットは、頬を膨らませながら、悪態をついた。
「殿下、お口が悪うございます」
「あら、失礼。でもああいう輩に絡まれたら、ちゃんと誰かに助けを求めるんだよ」
「はい。助けていただき、ありがとうございました」
ルイーゼは、エリオットに素直にお礼を言った。
「はい、これ半分持つから」
「ああっ、私の仕事!」
ルイーゼが持っていた書類の山を、エリオットがひょいっと半分より多く持っていった。
「いいからいいから、どうせ戻る途中だったし」
「ありがとうございます」
ルイーゼはちょっとむくれつつ、お礼を言った。
「ちょっと、これ。重すぎない?」
「こう見えても力はあるんですよ、ふふっ」
2人は仲良く言い合いながら、執務室へ戻って行った。
そんな様子をさらに後ろから見ている目があることを、2人は全く気づいていなかった。
デボラはエリオットに声をかけようとしていたが、足をとめた。エリオットの視線の先にいたのが、ルイーゼだったからだ。どうやら、ルイーゼに絡んでいた男性をエリオットが追い払ったようだった。
ルイーゼがお礼を伝えると、エリオットは見たこともないような朗らかな笑みを浮かべた。まるで大切なものを見るように。
そして、ルイーゼの持っていた書類の山を半分持つと、何か話しながら一緒に執務室の方へ歩いていった。
(なんなの?あの表情は。まるで殿下があの子を好きみたいじゃない。他の女性官僚や貴族女性にだってあんな顔しないわ。私にだって…。絶対に許さないわ…、ルイーゼ・グリーン。)
翌日、ルイーゼはデボラに廊下で声をかけられた。
「あら、いいところに。先日ご予約いただいた会議なんですが、先に別の会議が入っていたようで、16時からに変更になったんです。セドリック様には伝えてありますので、よろしくお願いしますね」
「はい、かしこまりました。お伝えいただきありがとうございます」
デボラはルイーゼのポケットからハンカチがはみ出ているのに気づくと、意地悪な笑みを浮かべた。
「あら、あなた。ポケットからハンカチがはみ出しておいでよ。みっともない。殿下付きである者が恥ずかしくないの」
「すみません、気をつけます」
ルイーゼは慌ててハンカチをしまい直して、会釈して去っていった。
デボラは去っていくルイーゼを見ながら、心の中であざ笑った。
(ふふふ、本当は時間変更なんてないのよ。もちろん、セドリック様にも伝えてなんてない。会議に遅刻して恥をかくがいいわ。)
会議当日14:30頃。
セドリックが会議の準備を進めている一方で、ルイーゼはまだ書類仕事をしていた。
「ルイーゼ様?そろそろ会議に向かいますが、間に合いますか?」
「あれ?会議は16時からですよね」
「えっ?15時からですよ」
「えっ?でも担当の方が。とっ、とにかく急いで支度します!!」
ルイーゼとセドリックは、慌てて支度を整えると、急いで執務室を出て行った。
そんな2人をエリオットは横目で見つつ、静かに見送っていたのだった。
(はあ、なんとか無事に終わりました。)
ルイーゼは会議を無事に終えると、ほっと胸を撫で下ろした。
「セドリック様、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。でも、どうされたんです?これまでこのようなことはなかったはずですが」
少し考えてから、ルイーゼは答えた。
「申し訳ありません。少し行き違いがあったようで。以降はこのようなことがないようにいたしますので」
「ええ、わかりました」
不思議な顔をするセドリックをよそに、ルイーゼは静かに正面を見据えていた。
また別の日。ルイーゼは、エリオットから依頼された堤防工事の資料作成を依頼するため、再び総務部へ足を運んだ。
「こちらの資料を20日までに作成していただけますか?」
今度の担当官僚は、若い男性だった。
「かしこまりました、20日ですね。ではこちらにご署名をお願いします。」
サインを書き終わったルイーゼは、いつものように挨拶をして、退室する。
「よろしくお願いいたします。また進捗の確認に参りますね」
「はい。かしこまりました」
その様子をデボラは後ろで見ていた。
担当官僚が席を離れたすきに、デボラは20日と書かれた締切を25日と書いた紙に入れ替えた。
資料の締切10日前。
ルイーゼは依頼した資料の進捗を確認しにきていた。
「資料の方はいかがでしょうか?何かお困りのことなどないでしょうか?」
「はい、大丈夫です。締め切りの3日前には出来上がるかと」
「かしこまりました。では一度3日前に確認に参りますね」
「はい。よろしくお願いいたします」
資料の締切3日前。
「こんにちは。依頼した資料を一度確認させていただきたいのですが」
担当官僚は驚いて、ルイーゼに聞き返した。
「えっ?締切は25日でしたよね?」
「いえ。20日と記載したはずですが。このように」
ルイーゼは、依頼した際に持参した紙を担当官僚に見せた。
すると担当官僚は焦りだした。
「確かに。えっ?でも何で25日になってるんだ?俺、書き間違えたのか??」
「落ち着いてください。私もあなたが20日と書いたのを見ております」
「申し訳ありません。まだ資料ができておらず……。このままだと締切に間に合うかどうか」
ルイーゼは担当官僚を安心させるように微笑んで、協力を申し出た。
「大丈夫です。私もお手伝いいたします。まずはどこまでできているか進捗を確認させてください」
「ありがとうございます。グリーン様」
「いえいえ。こちらも依頼している身ですし、お互い様です」
ルイーゼは持ち前の記憶力で、必要な情報を読み込むと担当官僚と協力して資料を作成していった。
その後、資料は無事に完成したのであった。
その日の終業後。
デボラは1人総務部に残っていた。
「あの女、今に見てなさい。ふふふっ」
初めてルイーゼが王太子の執務室以外で、お仕事します。
どこの世界にも女性の嫉妬というのはあるようで・・・。




