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3話 棄神者

 判決。


「——被告人ミシェル・クリストレアに対し、教会法第十八条、法魔国治安維持法第七条及び、聖祭保護特別法第三条に基づき、以下の処分を言い渡す」


「一、『聖魂帰祭』期間中における公共秩序の著しい破壊」


「一、祭礼区域内における大規模器物損壊及び群衆騒乱の誘発——」 



 法廷は静まり返っていた。

 息を呑む音さえ聞こえそうなほどの沈黙。


 高い天井から差し込む朝日だけが、白い大理石の床を優しく照らしている。


 老いた声で、形式的に読み上げられる文字達が、空間を響く。



「——よって、《《無期限の聖癒勤務停止処分》》、並びに《《王立聖癒所との雇用契約を解除、公的聖療機関への再就職資格も同じく剥奪》》とする」



「——以上」


 事務的に打ちつけられた木槌の音は、虚しくも鼓膜を通り過ぎた。


「…………先生の……馬鹿」


 退出する裁判官の背中を見つめながら、力無い愚痴を吐く。




 *************************************



 二日前    



 早朝の王都エンデルフィア南門は、朝日に照らされながら盛大な活気に包まれていた。


 特に長距離荷馬車停留所は、朝から大混雑。

 馬の嘶きと車輪の軋む音が、絶え間なく響いている。


 地方各地へと向かう商人達。巡礼者。旅人。

 そして、ノピートで開催される『聖魂帰祭』の関係者であろう聖職者。




「——見て見て! あの馬角生えてる! カッコいい!」


「元々軍事種用に改良された、一角魔獣レイリアと馬の混合種ですね。性格は大人しいですが、暴れ出したら止めるのは至難の技だと聞いたことがあります」


 目をキラキラさせながら、行き交う荷馬車の牽引獣に興味津々のノア。


 そして。


「うぇぇぇ……気持ちわりぃ……」


 そんなノアと、半分まで減った酒瓶を引きずるように歩くセレナとでは、余りに対照的だった。



「――あぁ……そうそう」


 するとセレナは突然、何かを思い出したようにポケットに手を入れる。


「《《コレ》》。持ってけ」


 そう言って無造作に投げ渡してきた小さな物体を、ミシェルは両手で受け止める。


「……これは?」


 手のひらに収まるほどの大きさの、紅い水晶石があしらわれたネックレス。


 朝日に透かされるそれは、まるで内部に炎を閉じ込めたかのように、赤く輝いていた。


 そして中央には、精巧な紋章が刻まれている。


 両翼を大きく広げた鷲。

 その足元に描かれる天秤というデザインは、どこか見覚えがあった。


「うぇ!? なにそれ!」


 横から覗き込んだノアが目を輝かせる。


「綺麗な石!! 宝石!? 売ったら高い!?」


「お前の発想はいつもそこだなぁ……」


 セレナは呆れたように、額を押さえた。


「お守りって言った方がいいのかねぇ」


 改めて水晶石を見る。

 どう見ても由緒ありげな代物だ。


 少なくとも子供に持たせるような安物ではない。


「これさえ持ってりゃ面倒事を避けてくれるかもしれねぇし」


「——《《逆に面倒事を招くかもしれねぇ》》」


「どこがお守りですか」


 即座に返すと、セレナはケラケラ笑った。


「いや、マジで知らねぇんだよ。持ってると助かった事もあるし、死ぬほど面倒な事になった事もある」


「——ただ。《《どっかの誰かさんが大切にしてた代物》》ってのは確かだ」


 その時、いつも能天気なセレナの目が少しだけ、悲しくうつろいだ気がした。


「はぁ……ではせっかくなので」


 小さくため息を吐きながら、そのネックレスを首からぶら下げる。


「ふっ。やっぱ似合うなぁ」


 まるで遠い昔を見ているような。

 懐かしい何かを思い出したような。

 そんな顔だった。


 けれど次の瞬間には、いつもの気怠げな笑みが戻る。


「頼むから失くすなよぉ〜」


「はい。でもお守りなんて信仰心の無い先生らしくないですね」


 と言うのも、ガサツと気怠さを体現したようなこの女が、聖拝をしているところなんて、見たことがないからだ。

 聖拝の鐘が鳴ろうがお構いなしに、酒を体内に放り込むのが彼女の流儀。



「お〜いおいおい。アタシだって信仰心がないわけじゃねぇんだぞぉ? ただ——」


 ブスッと口を尖らせながら続けた。



「——信仰は答えを貰うためのもんじゃねぇ。悩み続けるためのもんだ。なのに今の連中は、考える事をやめる言い訳に神様を使ってやがる。それがアタシにはどうにもなぁぁ」


 停留所を吹き抜ける朝風が、セレナの金髪を揺らした。


 周囲では旅人達が荷物を運び、商人達が客を呼び込み、馬達の嘶きが絶え間なく響いている。


 誰もが自分のことで忙しい。


 だからこそ。


 その声はあまりにも自然に聞こえた。





『——《《さすがは「セレナ・ジェネトリアス」ですね》》——』





 穏やかな男の声、怒号に掻き消されるほど小さくもなく。


 かといって耳を打つほど大きくもない。

 ただ、不思議なほど、心に通る声だった。


「——信仰は時に、人々から思考を奪います」


 普段よほどのことがない限り、心の機微を見せないミシェルだったが、この時ばかりは驚きの念を隠せなかった。


 それだけに足音も、衣擦れの音も、向けられていたはずの視線すら感じなかったのだ。

 まるで最初からそこに居たかのように。


 振り返ると、そこに立っていたのは、一人の青年だった。


 肩口まで伸びた艶やかな赤髪。

 宝石のように澄んだ紅玉色の瞳。

 歳はミシェルより5つほど上くらいだろうか。


 腰に差された一本の立派な剣。


 黒と深紅を基調とした豪奢な鞘には、精巧な金細工が施され、一目で名工の手による逸品だと分かる。

 しかし無数の細かな傷からは、それがただの装飾品ではなく、幾多の戦場を潜り抜けてきた、本物の剣であることを物語っていた。


 美しく整った顔で、柔らかな笑みを浮かべているというのに、その笑顔の奥にある感情は、まるで見えてこない。


 どこか人間離れした不思議な青年だった。


「……ええっとぉ、どちらさん? いきなりフルネーム呼びされるのはちょっとキメェな」


 酒瓶をぶら下げ、面倒臭そうに半眼を向ける。

 獲物を見定める猛獣のように、青い瞳を僅かに細めるセレナ。



「お久しぶりです。——《《セレナ隊長》》」



【隊長】という言葉を耳にし、さらに怪訝さを増したセレナだったが、直後、何かを思い出したかのように警戒を緩めた。


「ん〜〜? オメェもしかして《《ルージュ》》か? あの法魔軍一の嫌われモンで有名だったガキンチョの」


 だいぶ失礼な口撃を繰り出す。


「アハハ。その失礼、そのままお返ししますよ」


 ルージュと呼ばれる男性は、セレナの口撃を、にこりと躱し、カウンターを繰り出した。


「——ちょちょ待ってよ!!」


 その時、ノアが大きく両手を広げる。


『??』


 失礼にもノアはそのまま、ルージュの顔を指差す。


「白銀のお嬢さん。ボクがなにか?」 


「な、なんでこんなイケメンが先生の事知ってんの!? あ。あと隊長ってどーゆーこと?」


 こういう無鉄砲さというか、空気の読まないところは相変わらずだった。


 ただ、たしかにセレナが、法魔軍に在籍していた事は知っていた。 【隊長】と呼ばれるほどだったとは、つゆ知らなかったので、妹の無礼を一旦スルーした。


「あぁぁ。えっとなぁ〜〜」


「まぁ言っちまえば古い部下だ。こんな胡散臭い笑顔してるくせに、結構優秀だったんだぞ? ムカつくほどにな」


「隊長にそう言っていただけるとは、光栄です」


 ルージュは軽く会釈する。


「そして、こちらのお嬢様達は?」


 ルージュは、視線を姉妹達に移し替えながら質問した。


「ああぁ。こっちの緑髪で大人しそうなのが、聖癒術師で姉のミシェル。そんでこの馬鹿っぽいのが妹のノア。弟子ってやつだ」


「ノアの説明雑じゃない!?」

「初めまして、ルージュ様。ミシェル・アルトリアと申します。」


 ノアはセレナの紹介に顔の皺を寄せ、ミシェルはいつも通り淡々と、挨拶をこなし頭を下げる。


「初めまして。しかし、あのセレナ・ジェネトレリアスが弟子を……ね」

「んだよ。文句あっか?」


「いえいえ。しかし——」



「『《《第三次聖典戦争》》』から、十四年ですか……。時の流れは残酷なまでに早いですね」



「違いねぇぇ。ピチピチだったアタシも、今ではグラマラスなお姉さんになっちまった」


 うふんと投げキッスのようなポーズを決める四十路には、やはり苦しいものがあった。


「お腹のお肉も出てきたしね!」

「うるせぇ。レディに向かってなんてこと言うんだオメェは」


 昨日に引き続き、酒瓶の底で頭を小突かれる。


「で、お前はこんなところで何してんだ? さっきの話じゃ軍は辞めたんだろ?」


「——! ええ。今は——」


 ルージュは、一瞬微かに口角を緩めると、裏地に真紅を彩った上等なロングコートにそっと手を入れる。


 胸ポケットから取り出されたのは、縁を金箔で彩った一枚の名刺。



「今は——《《『ヴァリアント』というギルドを経営しています》》」


 煌びやかな名刺を差し出した、赤髪の美青年は、軽く咳払いを挟んだ後、優しく綺麗に微笑んだ。






所謂いわゆる——『棄神者アグド』——です」

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