第2話 休日と妹
細々とした字で書かれた、ギルドの聖癒人員募集広告。
その他も、ギルドにおける慢性的な人手不足の現状や、近年活発化している魔獣報告などなどが書かれている。
荒っぽいイメージがあるギルドとは、一風変わっており、広告募集というより報告書のよう、な淡白な文字の羅列。
「なーんか人手不足なんだって。それでね! ノアも今年で十五歳になったし、お姉ちゃんみたいに働きたいの!」
「はぁ……、それで私も一緒に連れていきたいと」
「ね!? これだとノアもお姉ちゃんと一緒にいられるし、お金も稼げるし一石二鳥だと思うんだけどなぁ」
ミシェルは一通り読み見終え、あっさり答えた。
「——却下ですね」
「ええぇぇ!! なんで!? 楽しそうじゃん!!」
心底驚いた様子のノア。
「却下の理由なんていくらでもあります。第一私は現在も聖癒所での仕事があります」
そのままコートを脱ぎ、そっとダイニングに腰掛ける。
「でもあっちでもお金もらえる……」
「聖癒所でも十分もらえます」
「で、でもでも、お姉ちゃんいつも人助けが大切って言ってるじゃん!」
「そうですね。人を助けることは私の目標であり、私の責務だと思っています。そして、ギルドの方々も形は違えど、人々の役に立つお仕事をなさっているのは、承知しています」
「だったら……!」
「しかし、私は聖母様の御心を信じる聖癒術者。神の教えを捨て、己が欲に傾倒しかねない『棄神者』にはなれません」
「——はっ。聖母様ねぇ〜〜。女神様の教えが本当にそんな役立ってるのかねぇ〜?」
奥のソファで、ぐったりと謎の本を読む女が会話に参戦する。
「——! 何が言いたいんですか?」
「まぁギルドの連中なんて神に祈る前に、真っ先に剣を抜く連中だからな。聖母様なんか一切信じねぇって奴も多い」
「ではやはり——。それにギルドでは、生物の遺骸から採取した部位を、高値で売り捌くなど、聖典の禁忌に触れる行いが、多々横行していると聞いたことがあります」
「そーさなぁ……——ただなぁ」
先生はゆっくりと机に肘をつく。
「最近は祈るだけで、何とでもなると思ってる馬鹿も増えた」
「それは……。ですが、それだけでマリー様の御意志を無下にするのは——」
「言っとくが、アタシはギルドの棄神者も好きじゃねぇよ。考えなしの荒くれ者も確かにいるし、報酬がなけりゃ人を見殺しにしても平気な奴もいる」
そう言って先生は肩を竦めた。
「でもま。選ぶのはお前。ただ、少なくとも魔獣は説教じゃ死なねぇ。理想じゃ現実を乗り切れねぇ。それだけは覚えとけよぉ」
「そーだそーだ! ノアもお姉ちゃんも、ギルドの人が、実際はどんな人たちか知らないじゃん!」
その時、今日治療したギルドの男性の顔が脳裏に浮ぶ。
確かにあの泣きじゃくる姿からは、悪意やそう言った類のものは感じなかった。
だが、【大切な妹をあんな目に合わせる可能性がある】
神を捨てるなど以前に、それだけでも、ミシェルの心内からすれば、この議論は論外だった。
「——無理なものは無理です。王都に流れ込む患者様の数も増えていますし、聖癒所への迷惑になります。さぁ夕飯の支度をしますので手伝ってください」
「ま、それがお前の答えなら、アタシがとやかく言うことじゃねぇなぁ〜」
「ぐぬぬ……」
観念したのか小型犬のように唸るだけのノア。
どうにか荒ぶる妹を宥めた姉は、色褪せたエプロンを腰に巻き付ける。
「それじゃあ先生、今日はパンにロルカッタチーズとハムを乗せたものので大丈夫ですか?」
「いいねぇ〜、お酒に合いそうだねぇ」
女は赤色の液体をグビッと飲み込み、ケタケタと笑いながら分厚い本をまた開く。
このガサツで、気怠そうな女の名は『セレナ・ジェネトリアス』
ミシェル達姉妹の育ての親であり、文武の師匠。
ミシェル達は記憶が曖昧な頃から、なぜだかセレナに引き取られ、十数年一緒に暮らしている。そうだ。
しかも、未だに何の職業をしているのか、どんな略歴なのか、ハッキリとしたことは大概謎のままだった。
そして、前述の通り家事全般は大嫌悪。
お日様が、天高く聳える昼間から始まる『晩酌』。
そして驚くほどの飽き性。
薬草栽培に釣り、木彫り。
どの用具も今は納屋の奥で埃を被っている。
だが本人曰く。
「失敗じゃねぇ。途中で底が見えただけだ」らしい。
その性格もあってか、この十数年で各国含め十回は、引っ越しを繰り返す生活をしているのだった。
要は側からに見ると『ダメな人』に分類されるだろう。
しかし、聖癒医療の魔導術式を生業とするミシェルには、薬学や古代王朝からの長い長い歴史の成り立ちなど『知恵』を教えてくれた。
それも教科書など持たず、全て記憶から引っ張り出した知識達。
反対に身体能力に秀でたノアには剣術や体術、生き残るための技術、いわゆる『武』を教え込んでもくれた。
そして謎の極め付けは、毎月届く立派な封蝋が押された手紙達。
毎回それを苦々しい顔つきで開いては、ぶつぶつ文句を言っている。
「……やっと一緒に働けると思ったのに」
支度を始めようとした時、 机に顔を突っ伏したノアがぽつりと呟く。
「——最近のお姉ちゃん、本当に忙しいじゃん」
先ほどとは打って変わって静かな声だった。
「朝は私が起きる前に出てるし」
「……」
「帰ってきたら疲れてるし」
「……」
「休みの日だって患者さんの往診ばっかりだし」
「——せっかく王都に来たのにさぁ」
顔を伏せたまま寂しく息を吐く。
「ノアは、《《お姉ちゃんともっと一緒に居たいだけ》》」
「ノア……」
どうしたものか。
これ以上突き放すのも……。
「——はぁぁ〜。しゃーねー姉ちゃんだなぁ〜」
「——? 先生?」
のっそりとソファから立ち上がったセレナは、項垂れるノアの頭を、ポンポンと撫で、一枚の紙幣をヒラリと取り出した。
「たしか明日は『聖魂帰祭』で聖癒所も休みだろ? せっかくだから『ノプート』で買い物でもしてこい。この銀色いの連れてさ」
「——! ノプート……ですか」
王都から馬車で1時間ほどの距離、世界各国の行商人や金品が集まる法魔国随一の港湾商業都市ノプート。
教祖マリーや、そのお連れの精霊らの、御魂を呼び寄せる国祭『聖魂帰祭」の本祭が、盛大に行われる法魔国屈指の重要都市。
それこそ、さっきノアが持ってきたギルドの求人は、この街のギルドから出されていたような。
「——! いっっただきぃ!」
ガバリと起き上がったノアは、すかさずセレナの手からお札を接収する。
「うわぁ現金な女……モテねぇぞぉ」
「べー、ノアにはお姉ちゃんがいるもーん。ねーお姉ちゃーん♡」
「?? 私はノアの姉ですし恋人にはなれませんよ?」
「はぁ。馬鹿な妹がいりゃ、この姉在りかぁ……」
セレナは、額に手を当て天を仰ぐ
「——って! い、一万ダリアぁぁぁぁ!?」
ノアは想定外の高額紙幣に、思わず椅子から転げ落ちそうになる。
それもそのはず。
一万ダリアあれば、二人で好きに飲んで食べたとて、そのお釣りで上等な装飾品がいくつか買えるほどの金額。
「せ、先生どうしたのこの大金!? ま、まさか遂に闇金に――」
「バカ言ってんじゃねぇ。セレナ様はこう見えてすごいんだぞぉ?」
セレナは空になった酒瓶で、軽くノアの頭を小突いた。
「先生」
「ん〜〜?」
「こんなお金は頂けません」
そっとノアの手から紙幣を抜き取る。
「先生が働いて得たお金です。それに私も明後日には、聖癒所のお給金が支給されますし」
「で? その給料どうするつもりだ?」
「?? どうする、と言いますと」
「生活費払って」
「ノアの服代払って」
「家の修繕費積み立てて」
「はい」
「残り全部貯金するんだろ?」
「はい。あ、あとお疲れの先生用に、少し良いワインを用意しようかなと」
「お前なぁぁぁ……」
セレナはこりゃダメだと言わんばかりに頭を掻きむしる。
それを真似てノアも項垂れる。
「十八の娘がそんな老後みてぇな金の使い方してどうすんだよ……。もっとあるでしょうよぉ〜お化粧とかぁ、思い切ってお酒飲んでみるとかぁぁぁ」
「化粧をして会いたいと思う人などいませんし、公共のマナーとして必要であれば先生のをお借りします。飲酒はマリー様の御心に反します。そもそも未成年の飲酒は法律違反でもあります」
「……はぁ。つまんねぇぇぇ、あたしの育て方が悪かったのかぁ……?」
セレナはがっくりしたまま言葉を続ける。
「——お前さ」
「はい」
「自分のために金使ったことあるか?」
思わぬ質問にミシェルは一瞬、言葉に詰まる。
新しい服? 要らない冬夏で二着ずつあれば十分。
装飾品? 耳元でジャラジャラしていては聖癒術式に集中できない。
嗜好品? タバコやお酒は禁止されてるし興味もない。
「……ありませんね」
「だろうなぁ」
即答だった。
「必要性を感じませんので」
セレナはまたも天井を仰ぐ。
「なんでお前、自分の事になると急にテキトーになんだよぉぉ」
適当。
そうだろうか?
ミシェル自身そんな自覚は無かった。
ただ、困っている人はいくらでもいるのに、私欲の為に散財するのは、マリー教徒としていかがなものだろうとは思う程度。
「誰かのために生きるのは立派だ。でもな——」
「——《《自分のために生きることもそろそろ覚えろ》》」
「自分の……為」
その言葉が。
なぜだかミシェルの胸に引っ掛かった。
返す言葉がうまく見つからない。
ばんっ。
机を大きく叩く音。
重くなりかけた空気を吹き飛ばすように、ノアが立ち上がる。
「明日はお姉ちゃんとのお出掛け決定! ノアがお姉ちゃんに人生の楽しみ方を教えてあげる!」
「おっ!! いいねぇ、このつまんねぇ姉ちゃんに色々教えてやれぇ」
「ラジャ!」
「し、しかし……」
一応否定しようと試みたものの、ここまで楽しそうに笑う妹に、真っ向から歯向かえるほど、ミシェルは厳しくなれない。
「院長のピュートにはアタシから話しとく。休日院外問診や急患はアタシの方に回せってな。お前ほどじゃないが、一日くらいならアタシでも大丈夫だろ」
「おっ! 先生が久々にお医者さんやるんだ! アスタル皇国の農村で暮らしてた時、農家のおじちゃん殴っちゃった時以来?」
「あれは……あのジジイがケツ触ろうとしたからだ……」
渋そうな顔で口を尖らせるセレナと、それを見て笑うノア。
こんなありふれた幸せが、この家の日常だった。
「——はぁ……分かりました」
その瞬間、ぱぁっとノアの顔が輝く。
「明日はお休みして、ノピートに向かいましょう」
「やったぁぁぁぁ!!」
次の瞬間。
再び抱き付かれた。
「ぐえっ」
今度は本当に変な声が出た。
「お姉ちゃん大好き!!」
「ちょっ……ノア……苦しい……」
「明日はデートだね!」
「デートではありません」
「デート!」
「違います」
「デート!」
もう訂正する気力も無かった。
こうして、働き詰めの聖癒師に、とって久しぶりの休日が決定した。




