1章6話 全てはあの男の掌の上で
リリアナは手際よく紅茶を淹れなおしてきた。
先ほどの出来事の余韻がまだ部屋に残っている中で席に座り、一口紅茶を口にしてから口を開く。
「浅慮な兄で申し訳ありません皇女殿下。
ただの忠誠心の塊でございますので、どうぞ忘れてくださいませ」
紅茶を一口飲んで、アイリーンは頭を切り替えた。
悲しむのは後でいい。今は、使えるものを使う。
「お会いするのは久しぶりでしたけれど、特別な気品をお持ちのお兄様ね」
「お恥ずかしい限りです」
アイリーンの優しい褒め言葉に、リリアナは頬に手をあてて兄を恥じる。
兄弟がいないアイリーンは、その恥じらいすら羨ましく思えた。
「お兄様と仲がよろしいのね。アルバート様とも派閥が違うのにお二人とも随分親しくされていて」
「幼い頃よく遊んでいただいたのです。父達の仲が良く、年も近かった、の……で」
そこで言葉を途切れさせたリリアナは、はっとして席を立った。
つかつかとアイリーンに歩み寄って両手を手に取り、ぎゅうっと力を込めて握りしめる。
ふわりと揺れた金髪のツインテールがアイリーンの肌に触れる。
青い二つの瞳が真剣にアイリーンを見つめた。
「違いますわ」
突然の脈絡のない否定は、あまりにも強くて。
思考が止まる。
「わたくし、アルバート様の婚約者候補ではございません」
「へ?!」
爆弾を投げ込まれて、アイリーンの口から裏返った声がでた。
付け直した皇女の仮面も吹っ飛ぶ。
「そ、そうなの?」
「はい! 決して違いますので、勘違いなさらないでくださいませ!」
「あ、いえ、そういうわけでは」
ないこともないのだが、口からはつい否定の言葉がついて出る。
好きな人が出来たのならと思ったのに。
違うなら、なんの意図があってアルバート様はあんなことをしたの?
断ち切ったはずの恋心が再び指先に絡んで、勝手に繋ぎ合わさっていく。
その揺らぎに気づいたように。
「皇女殿下!」
リリアナが一際強くアイリーンの手を握った。
「わたくしは武闘派筆頭、騎士団長の娘ではございますが、派閥は関係なしに皇女殿下のお味方になりたいと思っております!
宮殿内では、各派閥の侍女たちが互いに先んじようと競い合い、プライベートな一時すら許されないほどであると信頼できる方からお聞きしました。
わたくし、秘密は必ずお守りします! 他言はいたしません。家にも一切流しません!!」
言葉をまくしたてるリリアナの青い瞳は真剣そのもので、決して嘘を言っているようには見えない。
「もちろん、すぐに信じていただけるとは思っておりません」
多少興奮が落ち着いたようで、失速したリリアナはアイリーンの手を放し、座っていた席へと戻った。
一口紅茶を飲んで落ち着いてから続ける。
「まずは気になることがございましたら、遠慮なくお聞きくださいませ。
私が知ることは全てお答えいたしますわ」
貴族として生きる上で、情報は大事である。
アイリーンもそれを理解しているから、情報を流す侍女たちに悲しみは感じても恨みを募らせることはない。
アイリーン自身も侍女に嘘の情報を流したりして情報を集めるので、お互いさまだった。
目の前の少女の言葉が信じるに値するかはまだ判断できないが、情報は集めるべき、とアイリーンは考える。
アイリーンはちらりとサロンの出入り口に立つグレースを見た。
窓際から扉までは距離がある。
部屋の外から話を盗み聞かれることはないだろうし、誰か来てもグレースが気づいてくれることが予想された。
アイリーンが視線をもとに戻すと、正面に座るリリアナは真剣な表情でまっすぐアイリーンを見つめていた。
未成年とはいえ、貴族と対等に情報を交換するなんて経験のないことで、
アイリーンは少し緊張しながら、今自分が欲しい情報はなにかを考える。
「では、私との婚約が決まらない現状について、オースウェル家がどうお考えなのか伺ってもよろしいかしら?」
リリアナから得られる、一番重要で正確性の高い情報はこれだと判断してアイリーンは尋ねた。
一つ頷いてリリアナは静かに語り始める。
「我が家としてはそもそも婚約者候補にあげて頂いていること自体が、畏れ多い誉れと考えております。
兄が望んでいるのはただ、王に仕えることのみです」
「そうなのですか?」
想像もしていなかった返答にアイリーンは目を丸くする。
「その、皆、自分の派閥の者が王配になることを望んでいるのだと思っていました」
実際、宮殿にいる武闘派の侍女たちはフィデルを売り込む者ばかりだ。
「一般的にはそうかと思います。
派閥内の目もあるので、我が家も婚約に前向きな姿勢を見せてはおりますが、いざ皇族入りへとなると、畏れ多いというのが本音でございます」
それに、とリリアナは苦笑して続ける。
「兄をご覧になったでしょう。あれは皇族になれる器ではございません。
誰かに跪く衝動を抑えることもできない、根っからの騎士なのです」
たしかに、とアイリーンは思い出す。
フィデルは王族を敬うことに全力を尽くす雰囲気の者で、権力への欲は全く感じなかった。
「ありがとうリリアナ。とても価値のある情報だったわ」
感謝を述べると、リリアナは嬉しそうに微笑んだ。
やはりその姿に邪な感情が感じられなくて、アイリーンは純粋にもっとリリアナのことを知りたくなる。
「リリアナはどうして私の護衛になってくださったの? 騎士団長様の采配かしら?」
問いかけると、くすりと楽しそうにリリアナは笑った。
「私たちの人選は、アルバート様によるものですわ」
「婚約者候補ではありません!」というリリアナの爆弾発言。
アイリーンの心に、再びアルバートという名の火が灯ってしまいました。
次話、アルバートが水面下で動かしていたものの全貌が、少しずつ見えてきます。
【第7話:自信過剰な『幸せ』の約束】本日21:00頃に更新予定。
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