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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されてもう怒りました~【裏設定投稿中/完結】  作者: はるてん(次作執筆中)
冠争奪戦

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終章7話 次の皇帝

 日が沈み始めた頃。アイリーンはラグナルの狩猟用の屋敷に連れてこられていた。ラグナルの手によって、部屋の各所に灯りが灯される。


「さて、まずは、だ」


 ソファーに腰かけたラグナルは胸元から一枚の紙を取りだすとテーブルの上に広げた。ラグナルの署名が既に書かれたその紙の頭には「結婚宣誓書」の文字が並んでいる。


「これにサインをしてくれ、アイリーン」


 ラグナルは爽やかに笑った。それを温度のない目でアイリーンは切り捨てる。


「お断りします」

「それは困るな、これがあるのとないのでは話が変わってしまうんだ」


 ラグナルは立ちあがり、アイリーンの目の前に立った。赤橙の髪を大事そうに撫でる。


「ねえアイリーン。サインをしてくれ。頼む。じゃないと」


 ラグナルはアイリーンの耳元で囁く。


「君の大事なお友達に、僕は手を上げてしまうかもしれない」


 無表情だったアイリーンの頬が反応した。


「誰からがいいかな。アセンダントの次男がいいかな。それとも、オースウェルの小娘が先かな」

「……そうやって、力で周りを従えてきたのですね」


 静かに口を開いたアイリーンは軽蔑の視線をラグナルに注ぐ。


「それでも貴方は皇族ですか」


 その言葉にラグナルの手が動いた。拳が顔に当たり、アイリーンの体が床に転がる。


「誰に物を言っている! この身に流れる血はお前より尊い! だから他の皇族は死に、俺が残るんだ!」


 ラグナルはアイリーンの体を踏みつけた。


「優しくしてやろうと思えば調子に乗りやがって。いい。望み通り手酷くしてやる。七年前、死んでおけばよかったと思えばいい」


 アイリーンの胸倉をつかみあげて、ラグナルが顔を寄せる。独特な耳飾りがアイリーンの頬に触れた。


「お前たちは本当に馬鹿行動ばかりするな。だから無様に死ぬんだよ」


 ――貴方が、やったのね。お母様を。お爺様とお婆様を。


 怒りよりも先に、冷たい静けさがアイリーンの中に広がった。泣きたいとも思わなかった。ただ、はっきりとわかった。


 ――この男とは、もう言葉で話せない。


 アイリーンが動いた。ずっと握りしめていたそれを顔の前に掲げる。


 突然目の前に出された筒を、ラグナルは見つめた。





「アイリーン様。これをお渡ししておきます」


 カシアンがそれを差し出してきたのは、ラグナルの離宮から脱出した直後。


「まだ試作品なのですが、威力は十分なので、次なにかあった時は使ってください」


 ペンのような形をしたそれに全員が注目する。


「ここのピンを外せば、中でバネの力が働いてノッカーがアセンダント鋼を叩きます。作動時は目を瞑って絶対に装置を見ないようにしてください。直視していれば、確実に目が焼けます」




「ぐぁっ」


 突然目の前で爆ぜた強い光にラグナルは呻いた。目を抑えて後ずさる。その体を、目を閉じたままの感覚で探り当てたアイリーンが蹴り飛ばした。

 床にラグナルが転がる。対照的に、光の中でアイリーンは立ち上がった光源を背後に投げ捨て、薄目の状態で部屋を飛び出す。


 駆けていく足音に気づいたラグナルは叫んだ。


「待て!」


 アイリーンが屋敷を飛び出すと、外はもう夕暮れだった。この後はもっと暗くなることがわかる。夜の森に駆けだすのを理性が止めた。


 ――でも、このままここにいても、待っているのは地獄だわ。


 覚悟を決めて足を駆けだした時。背後から聞こえた猟銃の発砲音に、森の中を進んでいた彼女は体を震わせた。


「戻れ! アイリーン!」


 怒声にアイリーンは足を止め、振り返った。見れば、ふらついたラグナルが猟銃を構えている。

 森の静寂の中、冷たい鉄の銃口は彼女の胸に向けられていた。撃鉄が上がる乾いた音が宣告のように響く。


 笑えない話だ、とラグナルは思う。目障りだったあの甥より遥かに手を焼かされたのが、一回りも年下のこの小娘だなんて。


 ――もっと早く力で押さえつけていれば、こんな苦労はしなかった。周りの目を気にしすぎて、頭で考えすぎたのが間違いだった。


 ローグヴァルトにはアイリーン以外の子供はいない。この娘を殺せば、後継ぎのいない皇帝は俺を残さざるを得なくなる。


 ――最初から、殺してしまえばよかった。七年前のあの時のように。


「お前を殺せば、俺が次の皇帝だ」


 それは、家族だった者の声。


 もう愛情の欠片もないその声をアイリーンは冷静に聞いていた。

 冷たく銃口を向けられても、彼女は逃げない。


 ――怖くないと言えば、嘘になる。でも。


「どうぞ、撃ってください」


 ただ、彼女はまっすぐ立っていた。翠緑の瞳が、揺れることなく灰の瞳を見据えた。

 銃口の前に立つのは怖い。体の奥が震えている。それでも、逃げることはできない。


 ――ここで逃げたら、私はこの人に二度と勝てない。


 次代を担う皇族として、それは許せなかった。


「既にグリーヴァンス家は潰しました。協力していた他の騎士の家にも既に手は打っています。あなたの味方は、もういません」


 落ちかけた太陽で、周囲は紅く染まっていた。赤橙の髪を風になびかせてアイリーンは高らかに言い放つ。


「たとえ弾があたっても、次に皇帝になるのは、私です」


 また一発、猟銃が火を吹いた。弾はアイリーンの傍らの木の幹を弾く。定まらない銃口を見つめてアイリーンは静かに語る。


「これまでの国への尽力、感謝いたします。でも」


 自分に銃口を向け、躊躇いなく人を傷つけるその男に、アイリーンは訣別を宣言する。


「もう、貴方はいらない」


 その言葉は、ラグナルの体を全方面から切り裂いた。


「貴様ぁ!」


 腰から短剣を取りだし、焦点の合わない目でラグナルは走り出した。その狂気に、アイリーンも背を向けて逃げ出す。

 相手がどんなに弱っていても少女と大人の男では歩幅が違った。だんだんと二人の距離が縮まる。


 アイリーンにつかみかかろうとしたその男の体を、背後から追いついた騎士の馬が蹴り飛ばした。


「遅くなり申し訳ありません! 皇女殿下!」


 その馬に跨っていたのは鎧姿のフィデルだった。

次回最終話。7月18日(土)21:00頃更新。


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