終章6話 乙女の一騎打ち
フィデルが選出した護衛の騎士を連れて、アイリーンを乗せた馬車は貴族学院から最短ルートで城への帰途についていた。
窓の外を流れる景色を眺めながら、アイリーンは静かに息をつく。ここ数日で失ったものと、得たものを指折り数える。失ったものの方がずっと多い気がした。
それでも、前に進まなければいけない。
アイリーンと並走する騎士は馬車の前方にある異変を目ざとく捉えた。御者伝いにアイリーンに報告を上げる。
「皇女殿下。城門の前に貴族学院の制服を着たご令嬢が立っていらっしゃるそうです。どういたしますか?」
「……誰なのか確認します。手前で馬車を止めてください」
城門に伸びる一本道の途中で馬車が止まる。
アイリーンが窓から覗くと、そこには一台の馬車と、見覚えのある一人の少女が立っていた。長い金髪に、豪華な金の刺繍のスカート。
無視することはできない、とアイリーンは判断する。
「彼女と話します。馬車を近づけて止めてください」
馬車が再度動き出す。ゆっくりと二台の馬車が近づき、手前で止まった。アイリーンは騎士の手を借りて馬車から降りる。
「こんなところでどうされたのです、バレンティナ様」
ここは皇族専用の城門だった。その前に立っているということは、皇族の誰かを待っていたということになる。問いかけられた少女、バレンティナ・ガリアルディは少し震えながら、アイリーンを見つめ返した。
「押しかけてしまい、申し訳ありません。皇女殿下。どうしても、お話させていただきたくて」
茶色い目には涙が溜まっていて、目の周りも少し赤い。乱れた髪が、彼女の心情を表していた。
「二人だけで、お話する時間をいただけないでしょうか」
グランディヴェル皇国の王城は広大である。その東の庭園にアイリーン達は移動した。近くの道に馬車と騎士を待たせ、バレンティナと二人東屋に座る。
「御用件はなんでしょう?」
答えがわかっている質問をアイリーンはあえて尋ねる。
「アル様の、ことですわ」
恋に震える少女の姿には覚えがあって、アイリーンは胸が締め付けられるのを感じた。
「今日、言われました。皇女殿下との婚約を正式に辞退する気はない。自分の心は、皇女殿下と共にある、と」
涙をこみ上げさせながら彼女は続ける。はらりと、彼女の金色の髪が頬に落ちた。
「どうして、ですか。なぜ、そんなことになったのです。アイリーン様は、他の殿方と行動されていたではないですか。アル様ではなくなったのではないのですか。なぜ」
目の前の傷ついた少女に、アイリーンは静かに語りかける。
「私も、どうしてこうなったかはわかっていないのですが……私の婚約の話は正式には何も動いておりません。誰にも決まっておりませんし、誰も辞退していません」
バレンティナはアイリーンの言葉に、ついに涙を零した。アイリーンは罪悪感に打ちひしがれる。
――この少女を泣かせている元凶は私。でも、この涙を止める術を、私は持っていない。
「ごめんなさい。私もそれしかお答えできません」
「皇女殿下は……アル様を愛してらっしゃるのですか?」
直球の質問にアイリーンは少し目を見張った。答えがわかっている質問だと思った。それでも、この少女は聞かずにはいられなかったのだろう、と察する。
「ええ。愛しております。誰よりも」
バレンティナはしばらく黙っていた。大粒の涙が一粒、頬を伝って落ちる。
「アル様はずっと、皇女殿下のことばかりでした」
彼女は小さくそう漏らした。
「わたくしがどんなに話しかけても、笑ってくださっても……全然こちらを見ていなかった。ずっと、どこか遠くを見ていらっしゃった」
涙を流しながらもバレンティナは笑みを浮かべた。
「わたくしの、負けです。絶対にアル様と結婚してくださいましね。他の方に行ったら、わたくし、承知しませんわ。反乱を、起こしてしまうかも」
恋に破れた少女の精一杯の冗談にアイリーンは笑みを返す。
「ええ。わかりました」
泣き笑うバレンティナにアイリーンがしっかりと頷く。夕暮れが近づいて、空の色がほんのり橙色に染まり始めていた。
「話はもう終わったかい?」
少女たちの恋話に、低い声が飛び込んできた。同時にバレンティナの肩にナイフが突き立てられる。
倒れるバレンティナの体の後ろには、黒い長髪があった。
灰の瞳がアイリーンを捕える。エル・ドラドール自治領の耳飾りが不気味に揺れる。
「探したよ、アイリーン」
傾ぐバレンティナの体をラグナルが掴む。アイリーンはその姿を冷たく睨みつけた。
「一緒に来てもらおうか、アイリーン」
「行きません」
「良いのかい? 彼女が死ぬけれど」
ラグナルはバレンティナの体を揺らした。経験したことのない痛みに襲われて、彼女は声も出す事も出来ずにされるがままだ。涙に濡れた茶色の瞳は、力なくアイリーンを映していた。
「君がここで僕を拒絶するなら、彼女をここで切り刻む。君がおとなしく僕についてくるなら、彼女はこのままここに残す。急所は避けているよ。発見が早ければ十分助かるはずだ」
灰の瞳は楽しそうに笑う。
「どうするんだい、皇女様」
自らの手で決着をつけた乙女たち。
その間に割り込んできたラグナル。
次回、銃弾が爆ぜます。
【終章7話:次の皇帝】7月15日(水)21:00頃更新。
完結まで、あと2話
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