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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、落ち込んでいたけど両片思いに振り回されてもう怒りました~【完結保証】  作者: はるてん
冠争奪戦

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終章1話 主不在のサロンと鳥籠の中

 アイリーンがいない学院は、一つの噂で持ち切りだった。

 それは「ラグナル殿下とアイリーン皇女殿下が舞踏会の夜、東屋でとても仲睦まじい様子であった。お二人はとてもお似合いである」というものだった。


「きっもちわるい」


 ソファーに座ってクッションを抱えたリリアナは吐き捨てる。


「あんなののどこがお似合いなものですか。噂を口にするのもアイリーン様に無礼ですわ」


 その後ろに立つグレースは考え込んだ。


「あの東屋を見ていたなら、その隣で戦っていた私も見ているはずなのですが、そちらのほうはさっぱりですね」

「噂が意図的に流されている証拠です!」


 アイリーンがいなくても、アイリーンのプライベートサロンにはアルバートを除く全員が集まっていた。カシアンは衝立の向こうの机でなにやら一心不乱に設計図を描いている。


「それで、お兄様。本当にアイリーン様は城からいなくなっているんですの?」


 リリアナは同じくソファーに座る兄に尋ねる。フィデルは一人掛けのソファーに座り顔を両手で覆って一点を見つめていた。苛立っているのか、片足がせわしなく動いている。


「確証はない。情報が伏せられている。だが、今朝方騎士団が緊急招集され、人探しの命が下った。捜索対象は赤毛の少女。皇都を中心に国内中探せとの命令だ」

「なら、こんなところにいる場合ではないのでは!?」

「ではどこに行けと言うんだ!」


 滅多に聞かない兄の怒鳴り声にリリアナは震えた。


「城に、情報を得に行く、とか」

「俺らのようなただの学生が城に行ったって、門前払いだ。誰も相手にしてもらえない」

「でも、アルバート様はいつも」

「あいつが情報を持ってこれるのは、あいつも皇族の血を引いた皇位継承者だからだ!」


 フィデルはひどく苛立っていた。八つ当たりの自覚がある彼は、深呼吸して怒りを鎮める。


「距離が近いから勘違いするが。あいつも、特別なんだ。アルバートが目覚めない限り、俺たちにできることはない」


 兄がいっぱいいっぱいなことを感じて、リリアナも口を噤む。それでもあと一つだけ確認したいことがあった。


「……あの男が、アイリーン様を連れまわしてるんじゃないんですの」

「それはない」


 その否定は早かった。


「今、ラグナル殿下はアルバートの母上、パトリシア様と外国で公務中だ。同行者に気づかれないよう、被害者を外国で連れまわすのは無理だろう。国内に隠しているんだと思うが……」


 沈黙がプライベートサロンをつつむ。リリアナがポツリとつぶやく。


「いつまで寝ているのかしら、あの馬鹿」




***





 グランディヴェル皇国の城は、高台に建っている。

 皇国を見下ろす絶景の風景をアイリーンは冷ややかに見ていた。


「また、お食事をお取りになっておりませんね」


 部屋に付けられた侍女が心配そうに話しかけてくる。

 今いる部屋は、調度品も壁紙も全てがかわいらしくまとめられており、明らかに女性のために作られた部屋だった。侍女の問いかけをあえてアイリーンが無視していると侍女はこれ見よがしにため息をつく。


「姫様が体調を崩されたら、私が主に叱られてしまいます」


 その忠告をアイリーンは鼻で笑って吐き捨てた。首に付けられた首輪が重く動く。それは部屋のかわいらしさに不相応なものだった。


「怒られればいいのではないかしら。その主とやらの姿は一切見えないけれど」

「主は現在外出中でございます。しばらくしたらお戻りになられます」


 何度も繰り返し聞いた言葉に、アイリーンは侍女をきつく睨んだ。


 ――最初に顔を合わせた時、気づいた。この顔は市民病院で会った。あの時の案内人だ。


 あれも全て彼の仕業だったのかと思うと、アイリーンの腸は煮えくりかえっていた。


「こちらは、お召し上がりくださいね」


 そう言って、侍女は果物を置いて下がっていく。食べ物も水も、口にできるわけがなかった。


 ――まだここに来て丸一日も経っていない。まだ、大丈夫。許さない。あの男も、お婆様も。


 昨日、アイリーンはグリーヴァンス家を訪れた帰りに、グリーヴァンス領地内で馬車ごと襲われた。三人も引き連れていた騎士は全て買収されていた。騎士の手配だけして対策した気になって、選出は人任せにしてしまった自分のミスだと反省は尽きない。


 乗り換えた馬車でここに連れてこられ、首輪をつけられた。長い鎖のついたそれはとても重い。鎖の先は部屋の壁にしっかりと固定されていた。


 掃き出し窓から広がる絶景にアイリーンは顔を歪ませる。

 それは、普段の自室から見ているものと酷似していた。この絶景を見られる場所に立っている建物は、城と宮殿と、離宮だけ。


 つまり。

 今、離宮を使っている男なんて、一人しかいない。


 アイリーンは窓の外の景色を睨みながら、これまでの自分を考える。

 アルバートに愛されること。母のような優しい皇妃になること。誰かに選ばれ、誰かの隣に立つこと。それが、これまでのアイリーンの全てだった。

 今、その全ては遠い夢のように感じられる。


 ――待っているだけでは、奪われてしまう。


 母は突然命を奪われた。父は今も心身を削りながら一人で戦い続けている。アルバートは誰にも言えない重さを抱えて、それでも動き続けて、倒れてしまった。

 守られるだけの皇女のままでいたら、また同じことが起きるかもしれない。そして周りにいる者たちが傷つく。愛する者たちが、自分の代わりに血を流し続ける。


 ――それは、嫌。


 アイリーンは静かに拳を握った。


 恋がしたかった。ただ、好きな人の隣で笑っていたかった。

 でも、この国に皇女として生まれた以上、それだけの人生は送れない。体に流れるその血が、許してはくれない。


 ――私が、強くならないと。誰かに選ばれるんじゃなくて、私がこの国を選んで、この国を導く。


 眼下に広がる美しい景色を、愛する人達ごと守りたいと、アイリーンは強く思った。





 ――ラグナル・グランディヴェル。お前の目的がなんであっても、思い通りには絶対にさせない。


自由を奪われながらも、自分の答えを見つけたアイリーン。

次回は彼が動きます。


【終章2話:魔王起床】6月27日(土)21:00頃更新。


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