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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、落ち込んでいたけど両片思いに振り回されてもう怒りました~【完結保証】  作者: はるてん
舞踏会編

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3章8話 黒の誓い

 アイリーンの叫び声を聞きつけたグレースはすぐに主の元に駆けつけた。服も顔もボロボロのグレースの姿にアイリーンは息を呑む。


「グレースあなたその怪我!」


 グレースの顔には切り傷が走り、服のあちこちが裂けていた。手練れを相手に一人で戦ったことが見て取れる。


「問題ありません。まだ動けます。先ほどは、お守りできず申し訳ありませんでした」


 グレースはそう謝ると、地面に横たわるアルバートを見ると顔を曇らせ、自分のコートを脱いでその体に掛けた。


「申し訳ありません。今、安定してアルバート様を担ぐことができないため、人を呼んできます。このままここでお待ちいただけますか」


 頷くアイリーンに、グレースは背を向ける。その手を、アイリーンがとった。


「叔父様が、言っていたことだけれど」


 アイリーンの言葉はそこで切れた。不安げに揺れる翠緑の目にグレースが笑いかける。


「アイリーン様。私は、何も知らない、ただのグレース・セリヴァンです。それ以上でも以下でもありません」


 月夜の下、グレースはアイリーンに跪く。


「父も祖父も、あのような話はしておりませんでした。受け継いでるものもありません。あの方のでまかせの可能性もあります。私はただの辺境出身の没落貴族で、少し腕が立つだけの、愛想の悪い女です」


 少し卑下のこもった笑みをグレースは浮かべた。


「それでもこの私を、これからもお傍においてくださいませんか?」


 彼女の髪は、月夜を飲み込むほど黒い。聖女から受け継ぎ、皇族の証となった色を持つグレースをラグナルが落とし子と呼んだのは偶然ではないだろうとアイリーンは考える。

 それでも。


 ――最初は、この目が怖いなんて思っていたのよね。


 少し前のことなのに、ずいぶん昔のことのように思えた。


「貴方の先祖に、私の先祖が酷いことをしていても?」


 ラグナルに罪悪感を植え付けられたアイリーンは、少し首を傾げて問いかける。


「先祖は関係ありません。私個人が、アイリーン様のお傍にいたいのです」


 予想通りの返事に、アイリーンは微笑んだ。まっすぐグレースを見つめて深く頷く。


 ――聖女の血筋がどういう意味を持つのか、今の私にはまだわからない。でも、この黒い瞳が嘘をついていないことはわかる。それだけで、今は十分。いつかこの謎を二人で解きにいけばいい。


 ラグナルの言葉が事実でも、嘘でも、アイリーンにはグレースへの信頼の方が大事だった。


「いいでしょう。お前の誓い、受け入れます」


 翠緑の瞳に映るグレースが嬉しそうに笑った。


「では、行ってまいります。すぐに戻りますので」






 アルバートはすぐに手配された担架で運ばれた。

 明るい所で見るアルバートの顔は土気色で、アイリーンは彼に苛立ちばかり募らせて、彼の不調に気づかなかった自分を責める。


「アイリーン様!」


 人混みの中からリリアナとカシアンが現れた。二人とも担架に乗せられたアルバートと、横を歩くぼろぼろのグレースを見て絶句した。正面入り口でフィデルとも合流する。


「なにがあったのですか」

「アルバート様は、おそらく過労です。今日までずっと、お休みを取られていないようでしたから」


 悲し気にグレースが答えた。

 意識のないアルバートと、同じ家に帰るグレース、カシアンを乗せてヴェルストラーテン公爵家に帰る馬車を見送ると、リリアナが心配そうにアイリーンに寄り添った。


「話すと長くなるのだけれど……」

 食堂のバルコニーに移動して、アイリーンは二人に全てを話した。


「申し訳ありません。我々は、良いように皇女殿下から引きはがされたのですね」

 フィデルはまず自分の不手際を謝罪した。


「かっこ悪い……」

 リリアナの第一声はそれだった。



 舞踏会から帰った夜、アイリーンは長い時間眠れなかった。叔父の言葉と途中で途切れたアルバートの言葉が頭の中で交互にぐるぐると繰り返される。

 落ち着かない気持ちを一人抱え、アイリーンは夜を過ごす。




 翌日。アイリーンの元に、一通の手紙が届いた。

 それはグリーヴァンス家からで、先日のお茶会の非礼をお詫びしたい。どうか老い先短いこの身をいじめないで欲しい。というものだった。

 あのお茶会以降、孫のアイリーンにも愛想を尽かされたという噂で、レジーナ・グリーヴァンスが社交会で居場所をなくしていることはアイリーンの耳にも届いていた。


 アルバートが回復したという報告はまだなかった。ヴェルストラーテン家とグリーヴァンス家の国内バランスを考えると、レジーナの手紙を無視することはできない。一人で悩んだ末、アイリーンは騎士を三人引き連れていけば大丈夫だろうと、グリーヴァンス家を訪れる。

 長居をするつもりはなかった。実際、少しの会話をするだけだった。

 別人のように謝罪を繰り返す祖母に別れをつげ、馬車に乗り込む。


 その目撃情報を最後に、アイリーンは姿を消した。


 3章舞踏会編 完

貴女の情緒、奪えたでしょうか。

次回からはついに終章です。

二人の行く末を、どうか見守ってください。


【終章1話:主不在のサロンと鳥籠の中】

6月24日(水)21:00頃更新。


冠争奪戦が、始まります。

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