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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されて困っています~【完結保証】  作者: はるてん
舞踏会編

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3章7話 私が好きなのは

「どういうことですか」

「うん?」


 ラグナルの呑気な答えに、エスコートされながらアイリーンは怒気を飛ばす。


「グレースのことです! 落とし子って」

「ああ、そのことか。まあ、座りなよ」


 東屋についてアイリーンを離すと、ラグナルはベンチにゆったりと腰かけた。


「とにかく座りなよ。それで、ゆっくり話をしようじゃないか」


 灰の瞳がアイリーンを見つめる。アイリーンはラグナルから一番遠くて、一番入口に近い位置に腰を下ろす。


「どこから話そうか。この国に約百年前、聖女が降臨したことはわかっているね」

「はい。虚空から降臨された聖女様が、この国にたくさんの富をもたらしてくださいました。我々皇族は、彼女の子孫です」


 この国の民であれば知っている基礎知識をアイリーンは口にする。ラグナルが続けたのは、それに連なる新事実だった。


「あれも、彼女の子孫だよ。私生児だけどね。聖女は国を豊かにした功績で皇族入りしたが、直後に子供が産んでいた。時期的に明らかに皇族の子供じゃない子供をね」


 信じ難い話にアイリーンは絶句する。


「彼女は秘密裏に子供を地方に追放し、自身は何食わぬ顔で皇太子妃としての人生を過ごしていたが、子供の存在がばれたことで殺された。まあ、君が知らないのも無理ないよ。兄上は君に綺麗な教科書しか見せてないから」


 これまで宮殿で歴史書を読み漁ってきていたアイリーンは、自分が積み上げてきた知識が根本から叩き壊される感覚を感じた。


 ――グレースが、聖女の子孫? 子供の存在がばれて殺された?


「……ひどい」


 アイリーンが漏らした言葉を、ラグナルは笑い飛ばした。


「何を言っているんだ。皇族の嫁なんて、みんなそんなものじゃないか。子供を産む道具でしかない。それが不義を働いたのなら、殺して当然だ」


 非情な言葉に、アイリーンはきつく眉を寄せる。


 ――この人の話に、呑まれてはいけない。この話だって、本当に真実かなんてわからない。本来の目的を果たして、早くこの場を離れないと。


「お母様には、何をしたんですか」


 アイリーンの刺すような視線を受けてもラグナルは笑みを絶やさない。


「別に、大したことじゃないよ。たまにちょっとしたいじわるを言っていただけだ。少し棘のある言葉は使ったけど、あくまで事実を伝えただけ……まあ、苦しそうな顔はしてたが。子供のいたずらだよ」


 少しも悪びれの無いラグナルにアイリーンは殺意を抱いた。それを悟った彼はさらに笑みを深める。


「なんだい? そんないじめ、皇族にはよくあることじゃないか。外国から来た僕の母上なんか、何度も子を流させられている。それに比べたらかわいいものだろ? それよりも、ねえアイリーン」


 途端に甘くなった声に、アイリーンの体は震えた。


「僕たちもっと仲良くしないか。あの毒殺事件を乗り越えた者同士、もっと手を取り合って」


 ラグナルの灰の瞳が怪しく光る。アイリーンの頬に手が伸びてくる。


「この国を正しく導こうじゃないか」


 ――この人は、まさか。


 頭をよぎった考えにアイリーンが凍りつく。


 その時。その体が東屋の外に引っ張りだされた。アイリーンの細い体が、息の上がった男性の胸に受け止められる。


「汚い手でアイリーンに触るな」


 肩で息をするアルバートがそこにいた。


 良いところを邪魔されたラグナルが苛立ちをこめてアルバートを睨む。その視線を正面から受けてアルバートは言い放った。


「これでもこの会を取り仕切っていますので。騒ぎはすぐ耳に入ります。グレースも、優秀ですから。学長が血相を変えてあなたを探していますよ。すぐに会場にお戻りください」


 そう言うと、アルバートはアイリーンを立たせて歩き出した。

 東屋の外では金属のぶつかり合う鋭い音と肉が潰れるような鈍い音が響いていた。アイリーンがそちらを振り向こうとしたが、アルバートの強い力に遮られる。


 去っていく二人の背中を見てラグナルは呟く。


「せっかく今の僕たちが話せる最後のチャンスだったのに。せっかちな甥っ子だ」


 はっと笑い飛ばして、ラグナルは立ちあがった。外で戦闘を続ける部下に声を掛ける。


「ジール、もういいよ。帰ろう」 


 ジールと呼ばれた護衛は、相手と距離をとると剣を鞘に納めた。既に歩き始めている主の後を追う。

 傷だらけで肩で息をするグレースだけが後に残された。



 アルバートに手を掴まれてアイリーンは歩いていた。一目を避けて中庭を抜け、夜は人気のない礼拝堂の方まで来る。

 掴まれた手が、ひどく痛む。


「っ……アルバート様」


 耐えきれずアイリーンが名前を呼んだ時。アルバートが鬼の形相で振り返った。


「どういうつもりだ君は!」


 最大音量の怒鳴りだった。アルバートは真っ青な顔で額から汗を流していた。


「なぜ一人であいつについていった! なぜホールに駆け込んでこなかった! なぜ!」


 間近から濁流のように罵声を浴びせられて、アイリーンは息もできなくなる。怒りが頂点に達しているのか、アルバートの手はひどく震えている。


「自分で護衛から離れるなんて正気か! 頼んだだろう! あれとは二人きりにならないでくれと! そんなにあの年上の傍に行きたかったか!」


 その言葉にアイリーンの頭の中の何かがはじける。ずっと我慢してきた何かが、壊れた。


 手が当たる乾いた音がして、アルバートの頬に手形がつく。

 アイリーンに手を上げられたことを悟ると、アルバートは紅い瞳で茫然と彼女を見た。


「私が好きなのは貴方ですっ!」


 悲痛にアイリーンが叫ぶ。


「貴方が何も教えてくれないんじゃないですか! 全部一人でやろうとして、私を除け者にして! 私だって、もう十五です! 戦う力は持っています! もう私を振り回さないで! 私に構わないで!!」


 あの日からずっと心に貯めこんでいた思いを全て叩きつけて、アイリーンは踵を返す。


 ――ずっと我慢してきた。ずっと耐えてきた。訳があると知ったから、傍にいることを選んだ。でも、こんなひどい勘違いをされるなら、もう隣にはいられない。


 数歩踏み出したところで、背後から伸びて来た手に捕えられた。体重をかけて、背後から抱え込まれる。


「……行かないでくれ」


 消え入りそうな声だった。


「やり方を、間違えたことには気づいている。でも、どうしていいかわからなかったんだ。君を愛しているから、絶対に守りたくて……俺、は」


 その先は、続かなかった。


「アルバート、様?」


 言葉の一つ一つが重くて、熱くて、胸を締め付けられながら続きを待っていたアイリーンがゆっくり振り返る。同時に、アルバートの体がアイリーンの背中から地面に崩れ落ちた。


「アルバート様!?」


 慌ててアイリーンが触れると、アルバートの体はひどく冷たかった。大量の汗をかいているのがわかる。アイリーンが名前を呼んでも、揺さぶっても、彼は苦しげに息をするだけで反応しない。


「誰か、誰か来て! 誰か!!」


 アイリーンの叫び声が舞踏会の夜にこだました。


衝撃の事実から急展開、そして魂の叫び、想いのぶつかり合い、でした。

恐らく一番のジェットコースター回だと思うのですが、貴方の情緒、ねじ切れたでしょうか。


次話【3章8話:黒の誓い】6月20日(土)21:00頃更新予定。

3章最終話。舞踏会は幕を閉じる。そして……


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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