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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されて困っています~【完結保証】  作者: はるてん
舞踏会編

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3章6話 それでも彼女はその手を取った

 無事にファーストダンスを終えたアイリーン達は、リリアナ達に合流した。


「美しかったです、アイリーン様」


 褒めちぎってくるリリアナに微笑みを返して、アイリーンはあたりを見回す。


「ここには……飲み物の用意はないのですね」


 さすがのアイリーンも、注目を浴びながらのファーストダンスは少し疲れた。それに、先ほどからずっとロイヤルボックスから向けられている視線からも逃れたかった。

 フィデルがすっと手を差し出してきた。


「料理や飲み物は食堂の方に用意されているようです。自分も喉が渇きました。参りましょう」


 講堂を出て食堂に向かうため中庭に出ると、中庭も草木の各所にアセンダント鋼が仕込まれていた。中央の東屋を囲うように設置されたそれは、葉の間から光が漏れて月夜の下にとても幻想的な空間が広がっている。


「これは、素敵ね……」


 アイリーンがほうっと言葉を漏らした。


「アルバート様が庭も照らせということでしたので。こういうこともできます。アセンダント鋼を盗まれる可能性があるので、各所に警備が必要ですが……」


 見れば、確かに中庭の各所に警備の騎士が立っていた。執事のエドウィンからアセンダント鋼が非常に高価だと聞いていたアイリーンは納得する。

 そうして歩き出そうとした時、アイリーンは足元の段差に躓いた。崩れたバランスを即座にフィデルが支える。


「ごめんなさい」

「いえ、今のは自分が注意を促すべきでした。申し訳ありません」


 アイリーンを立て直させて、フィデルは笑った。


「やはり、自分はパートナーには向いていないようです。皇女殿下の隣は、やはりあいつがいるべきです」


 あいつ、が誰を指すか、確認するまでもない。アイリーンの胸の奥が傷んだ。


「お兄様」


 弱気な発言をするフィデルを、リリアナが呼んだ。


「悪い、軟弱な発言だったな」

「違います。来てください」


 リリアナの目は、中庭に立つ一人の騎士に注がれていた。妹の視線の鋭さを感じ取ったフィデルは素早く動く。グレースにアイリーンを任せ、二人が移動した。


 一人の騎士の前に、オースウェル兄妹が立ち塞がる。


「お前、名乗りなさい」

「は! ジョン・ミラーと申します」

「嘘ですわね」


 きっぱりとリリアナが言いきる。


「確かに髪色は似ておりますけど、ジョン・ミラーはもっとくせっ毛の男です。私たちを事前に調べたのは偉いですが、わたくしを甘く見すぎですわ」


 リリアナの言葉の直後、ジョン・ミラーを名乗った男は二人を避けて走り出した。その体を、フィデルはたやすく掴んだ。振り被って地面に叩きつける。

 蛙がつぶれるような声が聞こえた。


「衛兵に引き渡すか」

「そうですわね。私、他に怪しいものがいないか見てきます」

「頼む。アイリーン様は食堂でお休みになっていてください」


 倒した男を担ぎ、フィデルが去っていった。その背を見送ったリリアナは呆けていたカシアンを小突く。


「ほら、行きますわよ」

「え、僕も行くんですか」


 驚いて見せる彼にリリアナは額に青筋を浮かべて叫んだ。


「お前、今日は私のパートナーでしょう! 淑女は一人でうろつけないんですのよ!」


 嫌がるカシアンをリリアナが引きずっていく。幻想的な中庭に、アイリーンとグレースだけが残された。グレースが静かにアイリーンに手を差し伸べる。


「食堂に参りましょうか」


 グレースのエスコートで移動しようとした時。




「少しいいかな」




 二人の後ろに、その男は現れた。音がしなかった。気配もなかった。それなのに、気づいた時にはすぐそこにいた。


 いつロイヤルボックスから出てきていたのか。あまりに都合よく、彼は堂々と行動から中庭に移動してきていた。

 反射的にグレースが体でアイリーンを隠す。彼女は素早く周囲を観察して、自分たちの置かれた状況を理解すると顔を歪めた。その反応にラグナルはすっと目を細める。エル・ドラドール自治領の独特な耳飾りが今日も彼の耳元で揺れていた。


「騎士の真似事が随分上手だな……アイリーン、少し二人で話がしたいんだが良いだろうか。そこの東屋で。どうかな」


 差し出してきたラグナルの手を、アイリーンはじっと見つめた。


 ――これは罠だということはわかっている。危険は重々承知している。それでも、私は。この男に聞きたいことがある。


 ――ここは貴族学院だ。グレースもいる。生徒の目も、今日は騎士の目もある。


 侍女しか伴わない宮殿でいきなり押しかけられるよりは安全に思えた。


「わかりました」

「アイリーン様!?」


 まさか了承すると思っていなかったグレースが悲鳴を上げた。


「ごめんなさい。でも、確認したいことがあるの」


 ショックを受けるグレースに詫びを入れ、アイリーンは一歩踏み出す。


 ラグナルの手を、取った。

 それに満足そうに笑うと、ラグナルは素早くアイリーンの腰に手を回して歩き始めた。その手癖の悪さに、彼女の体が思わず彼との距離をあける。


「ああ、君は席を外してくれ」


 その宣告にアイリーンもグレースも目を剥いた。


「叔父様それは」

「できません」

「僕は二人で、と言ったはずだよ、アイリーン」


 優しくアイリーンに言葉をかけた後、ラグナルは地の底から響くような低い声でグレースに命ずる。


「失せろ」


 突然グレースの背後に現れたラグナルの騎士が彼女の腕を掴んだ。その手を華麗にねじり取り、グレースは飛びのいた。腰に下げていた仕込み槍を瞬時に展開して構える。

 気づけば、中庭には他の騎士が一人もいなくなっていた。


「聞けません、絶対に」


 黒の瞳がラグナルの護衛を睨み付ける。


「『僕』が、行けと言っているのに」


 それは、地獄から響くような怒りを孕んだ低い声。


「調子に乗るなよ、聖女の落とし子が」


 その言葉はグレースの心にもアイリーンの心にも鋭く刺さった。


 ――落とし子? 聖女、の?


 聖女は、数代前に皇族に嫁いだ、奇跡を起こす修道女の呼び名だ。言葉の意味を考えてアイリーンは激しく動揺する。グレースは何を言われたか理解が追いつかなかった。

 その一瞬の隙を突かれた。グレースの手から仕込み槍が叩き落され、ラグナルの護衛に腕をねじりあげられる。その動きは、グレースがこれまで見た誰よりも速かった。


「さっさと行け」

「は!」


 グレースが引きずられていく。カシアンに持たされたアセンダント鋼も、両手を封じられていては使うことができない。


「アイリーン様!」


 叫ぶグレースの前で、無情にも扉は閉められた。

登場したラグナル。落とされた爆弾情報。

次回、直接対話。そして、想いの爆発。


【3章7話:私が好きなのは】6月17日(水)21:00頃更新予定。


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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