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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されて困っています~【完結保証】  作者: はるてん
舞踏会編

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3章5話 翠緑と紅、その一瞬

 楽団が楽器を奏で、優雅な音楽が講堂に流れている。

 シャンデリアから降り注ぐ光は眩しい程で、入室した生徒たちはまず一様にその明るさに目を見はっていた。


「これが、アセンダント鋼ですのね」


 中央の壁を陣取ったリリアナが不服そうに呟いた。隣で凛々しく夜会服を着こなしたグレースが続く。


「こんなに明るくなるものとは思いませんでした。まるで昼間と変わりません」

「アルバート様に脅されましたからね。会場内に死角を作るなって……廊下、教室。学院全部を光らせているので、正直、今日使われているアセンダント鋼は、城の舞踏会に匹敵するレベルの数を使っています」


 語るカシアンの顔には、疲労の色が濃く出ていた。


「まあ、明るさは大事ですわね」


 そう言いながらリリアナはロイヤルボックスに座るラグナルを見た。

 貴賓ということを理由に一人隔離されたラグナルは、笑顔を浮かべながらもとてもつまらなそうにしていた。最高学年の美しい令嬢たちにかこまれながらも、灰の視線はホールの中央で踊るアイリーンに終始注がれている。


「なにかあってからでは遅いですもの」


 じとっとした視線を送ってから、リリアナはホールの中央に目を向ける。


「あの男とアイリーン様のファースト・ダンスがなかったのは良いことですが」


 皆の注目を受けながらアイリーンとフィデルは優雅にファーストダンスを踊っていた。空色のドレスが動きに合わせて揺れる。二人の姿を少し見ただけで、リリアナは目をそらした。


「ああもう、転びそうで見ていられません」

「そう、ですか? 上手に踊られていると思いますが」


 不思議そうに尋ねるグレースにリリアナは首を振った。


「だめだめですわよ。足元はなんとか動いていますが、上半身が固まりすぎです。普段の半分も踊れてませんわ」


 ため息をつくリリアナの首元にも、男装のグレースの胸元にも、少し無骨な黒い石のペンダントが下げられている。それはアイリーンの首元にもあった。




「あの、今出すなと怒られるかもしれないんですが」


 会場に入る前、目の下に隈を作ったカシアンがおずおずと取りだしたのは、五人分の黒い石のペンダントだった。


「アセンダント鋼で作ったペンダントです。日の光を十分に吸わせてるので、叩けば光ります。暗闇を歩く時は灯りになりますし、万が一なにかあった時には目印にしてください」


 アセンダント鋼を見るのは初めての面々が興味深げに受け取ったペンダントを覗き込んだ。アイリーンも光る前のアセンダント鋼を見るのは初めてで、いろんな角度から見てみる。

 そんな中、リリアナだけが受け取ったペンダントを機嫌の悪い顔でじっと見つめていた。その不機嫌さに気づいたカシアンは、先手を打って先に謝る。


「すみません、もっと早くに用意できればよかったんですけど」

「違いますわよ」


 ぼそっとリリアナは呟いた。その後、きっとカシアンを睨んでダムが決壊したかのごとく語りだす。


「お前、こんな飾り気のないアクセサリーをアイリーン様に贈るなんてどういうつもりですの! 相手がこの皇国唯一の皇女殿下、アイリーン様だとわかっておりますの!? こんなのつけてたら笑いものですわ! 帰ったら即行でリテイクですわよ! 次はわたくしが台座をデザインします。お前は石だけ持っていらっしゃい!」


「まあ、今日は正式な舞踏会ではないのだし。いいのではないのかしら。お守りとしてつけておくわ。ありがとうございます、カシアン様」


 グレースがアイリーンの首にペンダントを付けると、リリアナも渋々と言った様子でペンダントを身に着けた。隣に立つフィデルは緊張がひどいようで、金具を止めるのに苦労していた。

 自分の胸元に皆と同じペンダントがあるのが嬉しくて、アイリーンは微笑む。


「お揃いというのも素敵だけれど。叩いたら、それぞれ違う色で光るようになったら素敵ね」


 アイリーンの何気ない一言にカシアンがハッと顔を上げる。胸元から紙とペンを取りだす彼をリリアナが一喝した。


「開発は帰ってからになさい!」




 フロアを滑るようにアイリーンが躍る。その上品な姿にホールにいる者全員が見とれていた。息の合ったアイリーンとフィデルの姿に小さく黄色い声をあげる令嬢もいた。

 向き合って踊る二人の視線は、交わっているようで実は全く合っていない。フィデルの動きは始終硬かったが、彼女はうまくそれをサポートしていた。

 音楽が止まると同時に、寸分違わず二人の踊りも止まった。


 無事踊り終えたことにフィデルは思わず安堵のため息を漏らした。視界の端に映る黒髪の紅い視線が、恐怖でしかない。幼馴染だからこそわかる、あの目の危険さに比べたらその他の視線は有象無象の塵だった。


 ――俺だって、お前と皇女殿下が躍る姿を見たかったよ。


 幼馴染に心の中で念を送りながら、フィデルはアイリーンの手を取ってフロアから下がる。

 同時に中央に向けて歩き始めたのはアルバートだった。色の悪い顔の中に、隈がしっかりと刻みこまれている。エスコートされるバレンティナはアルバートにあからさまな熱のある視線を向けており、すれ違うアイリーンにも、アルバートの憔悴にも気づいていない。


 翠緑と紅が交わったのは一瞬だけ。


 ――あの状況で、バレンティナ様の誘いを断ることが出来なかったことは、理解している。でも、それでも、アルバート様のパートナーは私でいたかった。


 子供っぽい怒りだと頭では理解していても、アイリーンはアルバートを許す気になれない。

 以降、アイリーンはアルバートに一瞬も目を向けなかった。


 黒の手袋の下で、アルバートの拳が震えるほど握りこまれた。

舞踏会の夜、第一幕でした。

カシアンとリリアナのコンビ、意外と気にいております。

次回、あの男が動きます。


【3章5話:それでも彼女はその手を取った】 6月13日(土)21:00頃更新予定。


ブクマや↓の★を一つでもいいのでいただけるとがんばれます。よろしくお願いします。

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