3章3話 エスコートは誰の手に
「犯人探しも大事ですが、みなさん月末にある新入生歓迎舞踏会のことを忘れてはいらっしゃいませんか」
グレースの言葉に、カシアン以外の全員がう、っと言葉を詰まらせた。
貴族学院の新入生歓迎舞踏会は、社交術の最終テストを兼ねた学院主催の試験だったが、貴族にとっては事実上のデビューの場だった。学院の舞踏会は基本生徒しか参加できないため、デビュタントの場はそれぞれ別に用意されるものの、最初に参加する舞踏会の場だった。
新入生はパートナーを連れて参加する義務がある。
婚約者がいる者はその人を連れていき、いない人同士がその日限りのカップルを組むのが通常だ。だがアイリーンの婚約問題がある今、学院内のほとんどの人が、パートナーを誰にするか、宙に浮いたままだった。
「そろそろパートナーを上位であるみなさんが決めなければ、下位貴族の方々が直前にとても苦労するかと思います」
グレースの容赦ない一言にサロン内に沈黙が流れる。特にアルバートとアイリーンはお互いをちらちらと観察する気配があった。
「それは、追々だ」
アルバートが苦い顔でそう切り上げて、報告会は終わった。
***
事件があったのは翌日のこと。
「アイリーン皇女殿下!」
廊下に響いた甲高い声にアイリーンと護衛達が振り返った。すこし離れてカシアンもいる。
「わたくし、もう我慢なりません! いい加減アル様を開放してくださいまし!」
アル様。それはアルバートの幼い頃の呼び名だということをアイリーンは知っている。
「……なんのことでしょう?」
努めて冷静にアイリーンは言葉を返したが、レースの手袋の下では指先が強張っていた。
彼女はバレンティナ・ガリアルディ。
王党派の中で、ヴェルストラーテン公爵家、グリーヴァンス侯爵家に次ぐ影響力を持つ侯爵家の令嬢だ。アル様、という呼び方をすることから、彼女がヴェルストラーテン公爵家と相当親しい仲であることが窺えた。
――私だって、幼少期はアル様と呼んでいたし、なんならアルお従兄さまだったけれど?
沸き立つ対抗心をアイリーンは必死に抑える。
廊下の反対側に立つバレンティナは茶色の瞳に涙を浮かべ、握りしめた拳を震えさせながらアイリーンを睨んでいる。よく手入れされていることがわかる長い金髪と、それに合わせて作られただろう、豪華な金の刺繍が施されたスカートが見事な少女だった。
「とぼけないでくださいませ! アルバート・ヴェルストラーテン公爵様です! アイリーン皇女殿下、貴女婚約が本決めになっていないからと、騎士団長の息子と階段で抱き合ったり、振興派の天才学者を連れまわしたり、どれだけ浮名を流すおつもりですか!」
階段での一件は、二人が抱き合っていたという話にまで発展しているらしい。
ここ数日前からカシアンを連れ歩くようになったのも悪手だったようだ、とアイリーンは内心顔をしかめた。
「皇女殿下がそういう行動をされるなら、アル様は私のものにしてもよろしいですわね!?」
「お前、皇女殿下をお相手に、その失礼な態度はなんです?」
低い声で威嚇しながら、リリアナが一歩前に出た。碧い瞳は剣のように鋭い。グレースも無言でバレンティナを見つめつつ、腰に下げた仕込み槍に手をかけていた。
自分の事でアイリーンが悪く言われていると気づいたカシアンは、先ほどからアイリーン達と距離を取って廊下の端で小さくなっている。
「アルバート様を物のように仰るのはどうかと思いますよ?」
護衛に守られながら、アイリーンはそう返した。
「アル様を物のように扱っているのは、皇女殿下ではありませんか!」
――そんなつもりはない。
「お前! 今すぐその口を閉じなさい!」
今にも噛みつきそうなリリアナを、アイリーンは肩を掴んで止める。今のリリアナからは危険な香りがした。
とはいえ、ここまでいいように言われてアイリーンも黙っているわけにはいかない。
――どう、したものかしらね。
二人の少女が火花を散らし、それを多数の貴族令息と令嬢たちが見ていた時。アルバートがその場を通りかかった。
それが、全ての悲劇の始まり。
「アル様!」
目ざとく彼の姿を見つけたバレンティナが駆け寄る。
「アル様は皇女殿下の婚約を辞退されるのですよね!? でしたら、今度の舞踏会、私のエスコートをしてくださいませ!」
アルバートが目を見開いた。
「それ、は」
答えあぐねるアルバートにバレンティナは詰め寄る。
「皇女殿下がいらっしゃらなければ、婚約者候補であるわたくしがパートナーとなるべきはずです! それとも、婚約辞退は嘘なのですか!?」
大声でバレンティナが騒ぐせいで、騒ぎは全生徒が集まっているのではないかというレベルに大きくなっていた。
大勢の目がアルバートを見る。
――ここで、嘘ということを認めたら、全てが水の泡になる。アイリーンを傷つけたことが、無駄になる。ラグナルを引きずり出す手段も、なくなってしまう。
幼い頃からアルバートはこの金髪の少女が苦手だった。
――この女といい、リリアナといい、どうして髪色が眩しい女には我が強い者が多いのか。こんなに大勢の観衆がいる前でなければ、いくらでも黙らせる方法があったというのに。
「……私で、よろしければ。エスコートさせていただきます」
バレンティナに向けたどす黒い殺意を抑えながら、アルバートは答えた。
嵐の幕開けでございます。
ここから、本当にノンストップで物語が進みます。
どうか、ついてきてください。
貴方の情緒をねじ切れますように。




