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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されて困っています~【完結保証】  作者: はるてん
舞踏会編

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3章2話 消えた一家と、逃げられない彼


 普段より人数が多くて賑やかになるはずのプライベートサロンは、どこか空気が重かった。窓の外では風が木の葉を揺らしているのに、室内には音がない。


「調査結果の報告を始める」


 サロンにはアイリーン達とアルバート、そしてフィデルがいた。カシアンはなぜ自分がここにいるのか、と言いたげに視線を彷徨わせている。


「病院から、礼拝堂の隠し扉の設置を指示してきたのはカドゥート家の当主だったということがわかった。多額の資金の提供があったそうだ。資金提供者としても名前があがっていた」

「カドゥート家、ですか? 寄付なんてできる家だったかしら」


 アイリーンの記憶の中のカドゥート家は毎年同じドレスで挨拶をしていた記憶があった。大金を動かせるイメージはまったくない。


「アイリーンの言う通り、カドゥート家は先代が事業に失敗し、家財を売って食い繋いでいたような家だった」


 アルバートが知る限りでもカドゥート家は借金にまみれた家だった。一時は邸宅も手放す用意をしていた程だ。だが、最近生活が激変していたという。


「そこでカドゥート家に乗り込んだんだが。既にカドゥート家の者は使用人も含めて全員屋敷内で死んでいた」


 アルバートの報告にアイリーンは息を飲んだ。サロンにいる全員が険しい顔になる。悲しそうに眉を寄せるアイリーンの顔をアルバートは盗み見た。

 次の一文を読むか最後まで悩み、ゆっくりと口を開く。


「死体の状態は、七年前の皇族毒殺事件のものと、よく類似しているそうだ」


 アイリーンが目を見開いた。ぎゅっと拳を握る。

 アイリーンのトラウマを刺激しすぎないか、その動揺ぶりを注意深く観察しながらアルバートは報告を続けた。


「カドゥート家には三年前に学院を卒業した未婚の娘がいて、先月嫁いだところだったんだが、その彼女も通り魔にあって先週死亡している。全員口を封じられた、と見るのが妥当と思われる。調べた限りカドゥート家の借金はここ三ヶ月にわたって全て返済されていた」


 アイリーンをはじめ、全員が、険しい顔で黙ってアルバートの報告に耳を傾けていた。

 発言の合間に、報告書がめくられる音がサロンに響く。


「先月には父親が紳士サロンに顔を出すようになっていたらしい。周りには素晴らしい支援者を得た、と漏らしていたと。周辺を当たったところ、裏の路地に住む孤児がカドゥート家に通う良い馬に乗った騎士様、というのを覚えていた。念のため病院に押し掛けた貧民の証言を元に作った『貴族様』の似顔絵を見せたところ、特徴が合致した」


「これは、私がきちんと病院の後援者リストを見ていたら防げていた話ですね。あの病院は、私の直轄事案として建てたものだったのに」


 レースの手袋をした両手を握りしめてアイリーンは悔しそうに声を漏らした。


「あの家に後援できるほどの財力はないことを知っていたのに。それを見過ごした私のミスで、カドゥート家が消されてしまった」


 アイリーンの胸の奥には重いものが沈んでいく感覚があった。けれど今は、それを抱えたまま前に進むしかない。

 アイリーンはサロンの中にいる全員に指示を出す。


「リリアナ、グレース。後援者のリストを再確認してください。不審なお金の流れがないか確認を。フィデル様は似顔絵と騎士たちとの照らし合わせを。カシアン様」


 呼びかけにそれまでぼんやりと話を聞いていた彼は飛び上がった。


「技術者の観点から、建設費用がきちんと正しく使われているか確認をお願いできますか」

「僕がですか?!」


 反射的に反論しかけたカシアンは、全員の視線を受けて顔を青ざめさせた。特にリリアナは鬼の形相でカシアンを睨んでいる。


「お前、アイリーン様の指示が聞けないというの?」

「カシアン・アセンダント。君には引き続き室内用の閃光弾の開発も続けてもらう。急げ」

「はあ!?」


 声を荒げるカシアンを、長身のアルバートが冷たく見下ろした。


「なにか問題でも? 前より安定した衣食住を提供しているんだ。その分の仕事はしてもらう。劣悪な実家に帰りたいというなら止めないが」


 衣食住分以上のことを要求しているだろう、とカシアンは心の中で悪態をつく。だが、安心して食事と睡眠をとれる今の生活を手放すのは惜しかった。

 今更ながら、とんでもない世界に引きずりこまれてしまったことを彼は実感する。


 ――いつも穏やかに笑っている裏で、この皇女様はこんなに重いものを抱えているのか。


 研究室に閉じこもっていれば、こんなことは知らずに済んだ。知らないほうが楽だった。でも今更、知らなかったことにはできない。僕には関係ない、と駄々をこねるわけにいかなかった。


「わかり、ました……」


 苦虫を噛み殺したような顔のカシアンにアイリーンが一瞬、慈愛の目を向けるが指示を止めることはなかった。

 サロン全体が一瞬静まり返る。静かに、しかしゆるぎない声で彼女は宣言した。


「次はありません。もう、だれも利用はさせない」


ここが、みんなでのんびりした最後の日でした。


次回【3章3話:エスコートは誰の手に】

6月3日(土)21:00頃更新予定。

――それが、全ての悲劇の始まり。


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