3章1話 毒のお茶会と、居心地の悪い食卓
貴族学院入学から、二週間が経過した。
その屋敷の庭には色とりどりの花が見事に咲き誇っている。沢山のテーブルと椅子が並べられたそこで、多くの貴婦人達もそれぞれ噂話に興じていた。
その中にアイリーンの姿があった。男装のグレースを後方に伴い、作り物の笑顔を浮かべている。
「アイリーンさま!」
小さな足音がして、お茶会に一人の少女が飛び込んできた。彼女は庭を横切り、アイリーンの膝元に飛びつこうとして、グレースに阻まれた。うねりの強い赤毛が特徴的な女の子だった。
「お久しぶりですアイリーンさま! アマレットです!」
グレースに邪魔されてもへこたれずに少女は叫んだ。アイリーンを見て、緑の目を輝かせている。顔を青くした侍女達が屋敷の中からでてきた。
「おばあさま! 私もアイリーンさまとお話したいです! 私も参加させてくださいませ!」
アイリーンと同席しているレジーナはあからさまに嫌そうに少女を睨んだ。少女はそんな視線を全く気にせず、アイリーンに小さく手を振っている。騒ぎに気づいた母親が飛んできた。
「申し訳ありません、すぐに下がらせます」
アイリーンに一礼をして、彼女は侍女と共に少女を引きずって行った。だから貴方は出席させてもらえないんですよ、とお小言が聞こえてくる。
その背をアイリーンは悲しげに見つめた。
アマレットはマクシミリアンの娘、アイリーンの母方の従妹だ。唯一の年下の血縁者はとても活発そうな少女だった。
――あの子と二人でお茶会ができていたら、どんなに楽しかったかしら。
アイリーンが楽しい想像をしていると、甲高い声が割り込んできた。
「騒がしくてごめんなさいね。もう六歳になるというのに、落ち着きのない子で。誰に似たのやら」
それは幼い孫を可愛がる祖母の声ではない。
「どこまで話したかしら。そうそう。今後のスケジュールの話だったわね。アイリーン、来週はメンドリク家のお茶会に出席なさい。その次はスターホルト家に。シンセラン家とオースウェル家とは距離を置いて、学院だけの最低限のお付き合いに留めなさい」
次々とレジーナはアイリーンの顔も見ずに指示を出す。学院の交友関係にまで話が広がったところでアイリーンは答えた。
「それは、自分で決めますわ」
静かな拒絶に、空気が凍りついた。
周りも一斉に口を噤み、そして、ひそひそと状況が共有されていく。老婆は震えて問いただした。
「お前、今なんて?」
「誰と仲良くするかは自分で決めます、と申し上げました」
緑色の目にきつく睨みつけられても、アイリーンは揺れない。
「お婆様の優しいお心遣い、感謝いたします。でも、私ももう十五ですから。自分の道は自分で決めます。お婆様の力は、必要ありません」
状況の共有が終わったのか、ざわめきはやがてさざ波のような失笑となって広まっていく。
「お前、こんなことをして、どうなるかわかっているの」
老婆は最大級に凄みを聞かせて低く問いかけた。
「あら、なにがあるのでしょう?」
無邪気にアイリーンは聞き返した。そして氷点下まで温度の下がった翠緑の目で嗄れた老婆を見つめる。
「わたしに、なにをなさるおつもりですか?」
怒りと殺気で全身が支配されていくのをレジーナは感じた。長い間生きてきてこれほど人前で恥をかかされたのは初めてだった。
周りからは失笑が聞こえる。アイリーンが退席の準備を始めたため、他の者も連れ立って準備をし始めた。それらを止める力は、もうレジーナにはない。
煮え立つ腹の底で彼女は誓う。
――許さない。絶対に。このままで済ませてなるものか。
***
がやがやと賑やかな貴族学院の食堂で、皇族用のバルコニーにカシアン・アセンダントはいた。
皇女殿下とその護衛とテーブルを囲んで食事中である。年上の女性三人に囲まれて大変居心地が悪い。階下から聞こえてくるカシアンの存在を訝しむ声がそれを増長させていた。
「あの、やっぱり僕、別室で下で食べたいんですど」
「却下です。お前のわがままに付き合っている暇はありません」
棘のある態度でリリアナが切り捨てる。その態度をたしなめつつ、アイリーンはカシアンに謝った。
「ごめんなさいね、カシアン様がお一人になった時、振興派の方々が貴方にどう接触してくるかわからないから……居心地が悪いと思うけれど、我慢してちょうだいな」
アイリーンが柔らかく微笑む。手に付けたレースの手袋が優美さを増幅している。
アイリーン様は、この皇国で唯一の皇女だ。きれいに着飾っているだけの人だと思っていたけれど、その立場にふさわしい知性を備えていることを知ったのは先日。
隣に座る金髪の女はリリアナ・オースウェル。騎士団長の娘らしく、常に態度が偉そうな女。
反対側に座るのがグレース・セリヴァン。無口な黒髪の女で、底が知れない。
家に突然、ヴェルストラーテンという公爵様が尋ねて来たのはつい先日の事。そう年齢の変わらない彼は父となにか話した後、自分にこう言った。
「おめでとう。これで君は晴れて実家から解き放たれ、自由の身だ。これからは、アイリーンのために働いてもらうよ」
そして夜はヴェルストラーテン公爵家の別邸、昼間は皇女様のプライベートサロンの一角で新たな研究生活がスタートしたのだが。ネックなのが、この皇女様と行動を共にしなければいけない、ということだった。
――そして今に至る。
皇女様はもちろん、護衛も二人とも若い女性で、行動を共にするのは何度も言うが大変居心地が悪い。
「随分楽しそうだね」
そんな言葉と共にバルコニーに現れたのはヴェルストラーテン公爵家令息その人。最初は男性が来てくれて助かったと喜んでいたが、それは間違いだともう学んだ。
「なにを、話していたんだ?」
こちらに向けられた視線はとても冷たい。
皇女殿下に向けられる視線と温度が全く違う。この人は自宅ではまともな癖に、学院では、というか皇女殿下の前では異様に怖くなる。
――恐ろしい。意味がわからない。
「どうしたんですかアルバート様、こんなところまで」
「先週の市民病院の調査結果が出た。今日サロンを借りてもいいだろうか」
「もちろんです」
僕には何の話かさっぱりわからない。
二人の間に流れる空気が、自分には入れないものだと何となく悟った。
お婆様の撃退。
そして久しぶりのカシアンの登場でした。彼も物語にいいスパイスをくれるので好きなキャラです。
次話【3章2話:消えた一家と、逃げられない彼】
カシアンの受難が、まだ続きます。
5月30日(土)21:00頃更新予定。
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