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失恋皇女は冠を掴む~初恋相手にふられた私、両片思いに振り回されて困っています~【完結保証】  作者: はるてん
初公務編

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2章2話 家族団欒、消えない毒の記憶


 グランディヴェル皇国皇帝、ローグヴァルト・グランディヴェルの謝罪に、アイリーンは微笑みを返した。


「大丈夫です。本日もご公務、お疲れさまでした」


 週末の夕食後。それが二人が親子として過ごす唯一の時間だった。

 ほぼ毎回父親が遅れてくるため、二人で過ごす時間は鐘一つ分もなかったが、アイリーンにとっては大切な時間である。


 アイリーンもソファーに腰かける。

 そこで、彼女は父親にじっと顔を見られていることに気づいた。

 目力の強い紅い瞳に見られて彼女が緊張していると、ローグヴァルトは一つ大きなため息をつく。


「先週よりは、ましな顔をしているな」


 一週間前。それはちょうどアルバートに振られてどん底まで落ち込んでいた時。

 屍のように過ごし、ここに来た時には涙は枯れていて、それなりの受け答えをしていたつもりだったが、相当ひどい顔をしていたのだろうとアイリーンは思い知る。

 恥ずかしくてアイリーンは体を縮こまらせた。視線をローグヴァルトから外す。


「ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」


 ――多分。

 今日もアルバートの認識の齟齬に耐えられなくてサロンから追い出し、さめざめとサロンで泣き暮れてしまったのだ。まだまだ再発の可能性があるのが悲しい。

 

「学院はどうだ?」

「楽しいです。護衛の二人がうまく立ち回ってくれているので、生徒たちに詰め寄られることもなく、穏やかに過ごしておりますわ」


「そうか。明日は初めての単独公務になるが、大丈夫だな?」

「はい。しっかり務めてまいります」


 淡々と、この一週間の報告と次の週の確認事項を確認していく。

 これが、グランディヴェル皇族の家族団らんだった。


「アイリーンが公務に出るようになれば、また少し滞っているものが回るようになるな」


 ローグヴァルトはまた一つため息をついた。


 今、グランディヴェル皇国の皇族は、皇帝ローグヴァルトと娘のアイリーン、そして叔父ラグナルの三人だけ。

 皇帝は内政の公務の処理で手いっぱいになっており、外向きの公務は叔父に加え、特例として元皇族でアルバートの母親であるパトリシアの力を借り、二人でなんとか回している状態だった。


 アイリーンは背筋を伸ばして言葉を紡ぐ。


「私も皇族の一員として、責務を果たせるよう頑張ります」


 その顔は凛としていて、その翠緑の瞳には皇族一家としての矜持が宿っていた。

 娘の成長にローグヴァルトは満足そうに微笑む。


 そこで、彼は咳き込んだ。苦しそうにする父親にアイリーンは慌てて駆け寄る。

 近くによると、父親が前より痩せてしまったように感じた。


「お食事は、とられていますか……?」


 アイリーンが恐る恐る尋ねると、自虐気味にローグヴァルトは笑った。


「相変わらずだ」


 グランディヴェル皇国の皇帝は他者の手が入った料理を口にすることができない。

 それはこの部屋にいるローグヴァルト本人と執事、娘のアイリーンと伯母のパトリシアだけが知る秘密だ。


 皇帝として、その不具合は致命的だった。

 今は多忙を理由に城での晩餐会などは行わず、外交上、必要な晩餐会は全てラグナルとパトリシアに任せているため、なんとか秘匿している状態だった。


 七年前、毒を盛られて生死をさまよった皇帝は今もまだ様々な後遺症に苦しんでいる。


「アイリーン」

「はい」


 物思いにふけっていたアイリーンは呼びかけられて顔を上げた。

 ローグヴァルトが険しい顔で見つめ返す。


「隙を見せるなよ。敵はどこにいるかわからん」


 明日、公務を一人で無事こなす事でアイリーンはようやく一人の皇族としての価値を国内貴族達に示すことができる。

 これまでは貴族学院入学前だから、という理由で宮殿の奥に守られていたが、その言い訳はもう通用しない。


 もしここで失敗すれば、アイリーンの皇族としての価値はなくなるも同然だった。


 ローグヴァルトの言葉と表情に、アイリーンは明日の公務の重大さを再認識する。

 表情を硬くして頷いた。


「はい」




***




 一方その頃。

 街外れのヴェルストラーテン邸では、灯りもつけず、彼が暗い部屋で椅子に座り項垂れていた。

 いつ日が落ちたのか、彼はわかっていなかった。

 そこにノックもせずにランタンを掲げた彼女は乗り込んでくる。


「ひっどい顔ですこと」


 開口一番、リリアナはアルバートを詰った。

 彼女の後ろからはフィデルとグレースが心配そうに部屋をのぞき込んでいる。


「お前か……」


 今日のアイリーンとの場を作った彼女を、アルバートは睨みかけたところで、止めた。


 ――全ての元凶は、俺だ。アイリーンを泣かせたのも、拒絶されたのも、自業自得だ。


 ――もう、なにもかも投げ出して消えてしまいたい。けれど、消える前にアイリーンに会いたい。

 でも、会ってしまうのは怖い。会いたい。会えない。


 力なく項垂れるアルバートに、苛ついてリリアナは彼が座る椅子を蹴り上げる。

 このまま、この人に折れてもらっては困るのだ。


「ぐじぐじしてる暇はないですわよ勘違い男! 明日はアイリーン様の初公務です! 行って、昨日は差し出がましいことをしました、と頭を下げなさい! いいですわね!? 明日! 朝迎えに来ますわよ!!」


 それだけ言いきるとリリアナは鼻息荒くヴェルストラーテン邸を後にした。

華やかな生活の裏にある皇族としての「冷たい現実」

そして暗い部屋で項垂れる「元・完璧な婚約者候補」

リリアナに叩き起こされたアルバートは明日、何を持ってアイリーンの前に現れるのか。


次話【第2章第3話:灰色の瞳と春の嵐】明日朝9:00頃に更新予定。

ついにあの男が。動きます。


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