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【完結保証】婚約辞退された皇女は冠を掴む【第2章開始】~繋ぎなおす。必ず~  作者: はるてん
初公務編

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2章3話 灰色の瞳と春の嵐


 窓の外から喧噪と楽器隊の音出しの音が聞こえる。

 皇帝の命で作られた市民病院は貴族街の城壁の一部を下町に向けてせり出す形で建てられてあった。

 その開院記念式典に参加するため、アイリーンは護衛騎士を伴って病院の貴賓室にいる。

 結った赤橙の髪に鈴蘭を挿し、パステルグリーンのドレスに身を包んだ春の装いは

 野原に一輪の花が咲いたように輝いていた。

 真新しい木材と漆喰の匂いがするその部屋はとても簡素な作りで、

 調度品の豪華さと華やかなアイリーンの存在がとてもちぐはぐに映る。


「外は大丈夫でしょうか?」


 一人ベルベット製のソファーに座るアイリーンは扉番をする騎士に尋ねる。

 人が集まりすぎていて警備の手が足りない、と、アイリーンの護衛の任についていた騎士が二人、

 招集されていったのはつい先ほどの出来事だった。

 貴族街側の正門からなんの問題もなく病院に入ってきたアイリーンにはその混雑具合が想像もできない。


「怪我をする方がいなければいいのだけれど」


 静かな室内に、はは、と騎士の青年の笑い声が響いた。


「賑やかなのは良いことでしょう。

 念願の病院が陛下から贈られ、加えて皇女殿下までお姿を見せてくださるのですから、

 民たちが興奮するのも無理ありません。

 少し羽目を外すくらいは大目に見ていただけると助かります」


 茶目っ気たっぷりの物言いにアイリーンもつられて笑った時。

 控えめに扉がノックされた。

 さっと、警戒心を上げた騎士が剣に手を添えながら扉越しに問いかける。


「誰だ」


 帰ってきた答えは、部屋の中央にいるアイリーンには聞こえない。

 答えを聞いた騎士は息を飲んでアイリーンを見る。

 驚きに満ちたその顔にアイリーンは首を傾げた。


「どうしました?」

「ラグナル殿下が、いらっしゃっております。なにか聞いていらっしゃいますか」


 突然出て来た叔父の名前にアイリーンも目を見開く。


「いいえ。叔父様がいらっしゃるとは私も聞いていません。入っていただいて」


 他の公務を当てられているはずの叔父がなぜここにいるのかアイリーンにはわからなかったが、

 尋ねて来た皇族を追い返すことはアイリーンにもできない。

 アイリーンが席を立つのと同時に騎士によって扉が開かれる。

 騎士を連れて入ってきたのは、黒い長髪にグレーの瞳の青年。

 エル・ドラドール自治領の独特な耳飾りが目を引く。


「やあアイリーン。久しぶりだね。新年の挨拶以来かな」


 王弟、ラグナル・グランディヴェルはそう言って穏やかに笑った。

 その姿を見てラグナル本人だと判断したアイリーンはすぐさまカーテシーで頭を下げる。


「お久しぶりです、叔父様。どうしてこちらに?」

「今日は君の公務デビュー日だからね。心配で来てしまった。

 ああ、仕事は終わらせてきたから安心して」


 にこにこ笑いながらラグナルはアイリーンに歩み寄る。

 慣れた手つきで彼女の手を取ると、白い指先に軽く唇を寄せた。

 アイリーンの赤橙と翠緑を灰の瞳に映し、ラグナルは不敵に微笑む。


「綺麗になったね、アイリーン。もうすっかりレディだ。

 部屋に入った時、春の妖精がいるかと思ってしまったよ」

「あ、ありがとうございます」


 ラグナルの態度は完全にアイリーンを一人前の淑女として扱うものだった。

 一回りも年上の男性の甘い褒め言葉にアイリーンも思わず頬を染める。


「貴族学院に通い始めたんだろう? どうだい? 楽しいかい? 友人はできた?」

「はい。毎日楽しく過ごしております」

「それはよかった。アイリーンの事だから勉強は完璧だろう?

 兄上のいないところで羽を伸ばしてたくさん遊ぶといい」


 ラグナルはアイリーンが座っていたソファーに腰を落とし、くつろぎ始めた。

 後ろに彼の騎士が控える。

 ソファーが一つしかないため、アイリーンも同じソファーの端にそっと腰かけた。


 ラグナルはローグヴァルトの異母弟で、アイリーンの叔父だ。

 母親が違うせいか、ローグヴァルトとラグナルはあまり似ていない。

 身体的特徴も、漂わせる雰囲気も、剛と柔、まさに正反対の兄弟だった。

 本来は側室たちが住む城の離宮に今は一人で住んでおり、普段アイリーンとの接点は全くなかった。

 後遺症を抱えた兄の変わりに公務で各地を飛び回っており、

 公務が落ち着くまで間は結婚しない、と恋人も作らず国を支えてくれている人だった。


「しかし、学院入学が済んだからっていきなり一人での公務を押し付けるなんて。

 兄上は厳しすぎる。

 最初は私の付き添いから始めることを提案したんだが、却下されてしまったよ。

 今までは城に囲い込んでいたのに突然放り出すなんてひどいことをする」


 ラグナルはアイリーンを見るとにっこり笑う。


「今日はこっそり見学しているよ。アイリーンならできる。がんばって」

「はい。ありがとうございます、叔父様」


 扉がノックされる。

 先ほどと同じように騎士が扉越しに用件を確認するとアイリーンに向き直った。


「病院関係者が来ております。

 式典まで少し時間があるので、院内をご案内したいそうです」

「今、ですか?」


 アイリーンは少し迷った。

 式典前に控室から離れることは避けたい。

 見学もどのぐらい時間がかかるかわからないし、出来れば式典が終わった後にゆっくりと見学をしたい。


「いいね、行っておいで」


 断ろうとする彼女の背中を押したのはラグナルだった。


「病院の中を見学するチャンスなんてないからね。見分を広めてくるといい」

「そう、でしょうか」

「大丈夫、式典が始まるのは次の鐘が鳴ってからだし、会場は病院のすぐ目の前なんだ。

 鐘が聞こえてから移動したって十分間に合うさ」


 にこにことした笑顔とは対照的な、有無を言わせぬ雰囲気にアイリーンは困り果てた。

 同じ皇族の、けれど年上のラグナルの提案を無下にすることはできない。

 きちんと理由を付けて断る必要があったが、アイリーンはうまい理由を見つけることが出来なかった。

 アイリーンの皇女としての理性は行くなと言っている。

 けれど、目の前にいるラグナルの笑っているはずなのにどこか冷たい瞳が怖かった。

 


 困惑するアイリーンを護衛についた騎士はずっと見ていた。

 本来三人だった体勢を一人に圧縮できたのは、

 アイリーンが貴賓室にいる、という条件だったからできたこと。

 未知の施設を自分一人で警戒しながら回るのは不安が大きい。

 騎士が進言しようと顔を上げたその瞬間。灰の瞳が彼を貫いた。


 彼は口を開くことが出来なかった。



「では、行ってまいります」


 結局、断れずにアイリーンはラグナルにカーテシーをしてから、青い顔をしている護衛を連れて部屋を出た。

 それをにこやかにラグナルが手を振って見送る。


「ああ、行ってらっしゃい」


 楽しそうにラグナルは笑った。

初公務、春の妖精のようなアイリーン様の美しさに癒やされたのも束の間。

突然現れた叔父、ラグナル。

アイリーンの判断は、果たして正しいのか。


次話【第2章第4話:七色の光の下で】本日21:00頃に更新予定です。


GW最終日の夜。あなたの情緒、私にください。

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