1章17話 自業自得の呪い
「御足労ありがとうございます、アルバート様」
数日前とは違い柔らかなその声にアルバートはほっと息をついて紅い目を細めた。
駆け寄りたい衝動も、ずっとその姿を見ていたい気持ちも抑えつけて頭を下げる。
「ごきげんよう、皇女殿下。お招きいただきありがとうございます。私に用と聞きましたが、なにかございましたか?」
一礼して顔を上げたアルバートは少し心配そうに眉をしかめる。
今更、顔を見るのが恥ずかしくてアイリーンはすっと視線をずらした。
「私のことではないのですが、学院内で気になることを見つけてしまって。アルバート様にご相談できればと思ったのです」
「そうでしたか。お聞きします」
アルバートに応接ソファーへの着席を勧めて、アイリーンもその正面のソファーに腰を落とした。
座るアイリーンの後ろにグレースが控え、リリアナは紅茶の準備をしにパントリーへ向かう。
正面からアルバートの顔を見れないアイリーンは部屋の内装に目を向けた。
「この部屋、内装が本当に素敵で、毎日快適に過ごさせていただいておりますわ」
「ここは歴代の皇族達も出入りしてきた部屋ですから。学院でも一番内装が整えられております」
「そうだったのですね」
アルバートと言葉を交えることはできても視線を交わせることができなくて、アイリーンは顔を上に向けたまま正面に戻せなかった。
うろうろと視線をさまよわせたまま、さすがにそろそろ前を見なければと焦ってきたところで、リリアナが紅茶を持ってきた。
新しい視線の逃げ先を得たアイリーンは笑顔で礼を述べて、今度は紅茶に視線を注ぐ。
頭上から注がれるリリアナの視線が痛い。
――そう、そうよね。だめよね。わかっているわ。しっかりしなくてはいけないのに、こんな姿はだめよね。
自問自答の末、アイリーンは覚悟を決めて顔を上げた。
すると優しくこちらを見ていたアルバートと目があう。優雅に微笑まれて、アイリーンは固まった。
いつから見られていたのか。考えるだけで顔が赤くなりそうだった。
なんとか言葉を絞りだす。
「き、今日はご相談があって参りました」
間近からアイリーンを見つめる時間をたっぷり味わったアルバートは優しく返す。
「ええ、どうしたんです?」
「実は、カシアン・アセンダント伯爵令息のことで」
アイリーンの口から出てきた名前を聞いて、アルバートの目がわずかに細まった。
優しげな笑みの中で、瞳の奥に凍りつくような光が映る。
「はい。それで?」
「その、彼を図書棟で最近頻繁にお見かけするのです。ご年齢から考えると入学前のはずなのですが、アルバート様はなにかご存知ですか?」
「ああ、報告は受けています」
「あら。ではきちんと手続きされていらっしゃるのですね?」
既に事態が把握されていることに胸をなでおろしたアイリーンだったが、その安堵は長く続かなかった。
「いえ? 彼の家から学院に対して『正式な接触』はないようですよ。今のところ彼はただの侵入者です。なにが目的か様子を見ていたところだったんですが、もう見逃すわけにはいかないですね」
アルバートの言葉と冷たい目にアイリーンは焦った。
「アルバート様、私、カシアン様を研究者として評価しております。彼の研究を支援したいと思っているのですが、皇女が支援となると大事になってしまうでしょう? 変な噂になっても困りますし。なぜ学院にいるかはわかりませんが、できれば穏便に済むように彼を保護していただけないでしょうか?」
アイリーンは慎重に言葉を選びながらアルバートに助力を求めた。
――アルバート様は優秀だから、カシアン様の優秀さにも、御実家の環境のこともすぐ気づいてくれる。その立場の危うさに気づけば、きちんとカシアン様を保護してくれるはず。
***
アイリーンがそう願う一方、アルバートはアイリーンがカシアンを高く評価している事実に眩暈がしていた。
「皇女殿下のお望みであれば尽力いたします。少し情報を集めましょう」
アルバートは不信に思われないよう、なんとか会話を繋げた。
――犯した罪をなかったことにしたいと手を回すほど、アセンダント伯爵令息を気に入ったのか。あの日、君を傷つけたからこうなったのか、あの言葉がなくても、元々アセンダント伯爵令息にそれほど魅力があったのか。
――いや、アイリーンは昔から年下に甘い。今回も、そういう可能性は……なんて、考えるのは逃げか。
アルバートはカシアンを保護するのではなく排除するための算段を、一瞬で頭の中で完結させて、そして消した。
――アイリーンは俺が他の男に目を向けろと言ったから、そうしているだけだ。アイリーンを悲しませることは、してはいけない。
実際にアイリーンの気持ちが自分以外の者に向いていると思うと、そう仕向けた自分を呪い殺してしまいたくなった。
アイリーンを傷つけたあの日。
即座に情報を入手して家に怒鳴り込んできたリリアナにアルバートは言った。
アイリーンを一番幸せにできるのは俺だ。
だが、アイリーンが、他の男がいいというなら身を引く、と。
――それは本心だと、思っていたが。俺はどうしてこんなに息ができないのか。
想像以上に痛む胸の叫びを、アルバートは無視して顔を笑顔に作り替えた。
――自分の発言の責任は取らなければならない。笑え。これこそが、君を傷つけた俺に相応しい罰だ。
握りしめた拳の爪が手の平に食い込む。
血が滲むような痛みさえ、今の彼には心地よい「罰」に感じられた。
ようやく二人きり(護衛はいますが)で向き合えた二人。
なのに相変わらず悲しいほどにすれ違ってしまいます。
第1章は明日がラストです!
【第18話:きっとこれが恋、だったのに】
明日朝9:00頃に更新予定。
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※5/3の[日間]異世界〔恋愛〕と総合のランキングに載せていただけたようです。
再度のランクイン、本当にありがとうございます。
明日の第一章ラスト、そして明後日からの第二章もどうぞよろしくお願いいたします。




