1章15話 一晩の読破、心拓く図面
「拝見いたしました」
翌日、昼食も食べずに、アイリーンは再び図書室へ来ていた。
今日も隅の机で作業をしていたカシアンの目の前に、昨日借りた本を置く。
「もう読んだのか?」
「あら。カシアン様が読めと仰ったのではないですか」
目を丸くするカシアンにアイリーンはにっこりと微笑む。
「驚きました。まだ学院入学前だというのにたくさんの論文を執筆されているのですね。
アセンダント鋼の発光性能について、とてもわかりやすく勉強させていただきました。
私、アセンダント鋼の端材の活用方法についていくつか考えてまいりましたの。
考えをお聞かせくださいな」
アイリーンは手にしていた数枚のレポートをテーブルに広げた。
あっけにとられているカシアンを横目に言葉を続ける。
「お借りした論集によると大型の鉱石は軍事用に、
小型の鉱石は照明用に活用されているとありましたが、
端材の活用方法は記述されておりませんでした。
わずかでも発光性能が残っているのであれば活かすべきだと思いまして。
大通りに敷き詰めて、馬車が通ると淡く光る道を整備できたら、
今はランタンだけで危険な夜間の移動が安全になると思いません?
国境付近にも敷き詰めて踏めば光る領域を作れば、
侵入者をいち早く感知できることができそうですし。
城の周りにも敷き詰めれば夜間の警備が楽になる気がいたしますわ。
靴や車輪の損傷が少し心配なので、確認が必要かとは思いますが、いかがでしょう?
端材の活用方法としてご検討いただけませんか?」
アイリーンのレポートには、アセンダント鋼の敷設で得られる防衛上の利点や、
大街道を照らすことによる交易・物流効率の向上についてまとめられていた。
それらに素早く目を通したカシアンはしばらく言葉を失う。
「……非常に興味深い提案です。この活用方法であれば、現在廃棄している端材や、
純度の低いアセンダント鉱石に活用方法が見いだせるかもしれません」
彼はアイリーンのレポートを食い入るように見つめ、文字を指でなぞっていく。
カシアンはアイリーンの目をまっすぐ見つめた。そこに昨日のような無礼な気配は欠片もない。
「おみそれいたしました。皇女殿下がこれほど博識とは知らず、失礼しました」
「あら、褒めていただけてうれしいですわ」
優雅に微笑むアイリーンに、カシアンはいそいそと自分が記載していた設計図を広げて見せる。
「現在私は、屋内で使える小型の閃光弾を開発しております。
緊急時の目眩ましを目的に、攻撃性能は抑え、軽く、小さいものを目指しております。
威力を抑えるために使用する鉱石を小さくしているのですが、
小さい鉱石に丁度いい衝撃を加えるのが難しく、少し難航しております」
昨日とは違って意気揚々と語りだすカシアンにアイリーンはこの上ない達成感を感じていた。
皇族としての矜持を無事守れたことだけではなく、若くて優秀な技術者と関係を築くことができた。
昨日、リリアナにすべてを任せていたらたどり着けなかっただろう現状にアイリーンは機嫌良くカシアンの話に耳を傾ける。
「鉱石を収める構造に透過性を両立させるのも困難で。
最終的には携帯して持ち歩きができるものにしたいので、
軽量化も考えておきたいのですが、衝撃への耐久性などを考えるとまた難しく」
淡々と開発の難しさを語るカシアンの顔は険しいが、図面を見る目は生き生きと輝いていて、
この研究を楽しんで行っていることが見て取れた。
図面を指しながら解説するカシアンはとても学院入学前の少年とは思えない。
大人顔負けの思考力と、社交性の欠如のギャップがおかしくてアイリーンはつい笑顔がこぼれる。
「室内でも使える武器なんて頼もしいですわね。期待しております。がんばってくださいな」
「ありがとうございます」
彼が対応に配慮しなければいけない婚約者候補だということを忘れて、
アイリーンはカシアンとの会話を楽しんでいた。
カシアン様の静かな物言いには皇族に取り入ろうとする邪念を感じられず、
純粋に会話を楽しめるのが大きな要因だった。
カシアンのことが純粋に気に入ったが故に、
彼がルール違反を犯して学院に侵入している現状が気になったアイリーンは問いかける。
「授業もないのに毎日こちらに一人でいらっしゃるのは大変なのではないですか?」
アイリーンの言葉にカシアンはため息をついた。
「そうでもありません。
ここにいれば家族の邪魔は入りませんし、研究に没頭できます。家にいるよりよほど快適です」
「そうなのですか?」
予想外の答えに驚くアイリーンに、カシアンは遠い目をしながら苦々しく笑ってみせた。
「父も母も、気に入らないことがあるとすぐ手を上げてくる人なので。
兄はなにかと突っかかってきて研究の邪魔ばかりしてきます。
ここは人がほとんど来ませんし、話しかけてくる人も皇女殿下の他にはおりません。
研究環境としては一番快適です」
驚きよりも先に、憤りがアイリーンの胸に沸いた。
皇国の未来を担うべき才能が暴力に晒されている。それはこの国の未来への攻撃に等しい。
あまりよろしくない家庭環境を聞いてしまったアイリーンは困った。
カシアンを学院から遠のけるのであればアイリーンが周りに一言苦言を呈すればいいだけだった。
けれど家より学院にいたいと本人が希望するのであれば話は違う。
悩んだ末、アイリーンは一旦カシアンの学院侵入の件は黙認することにした。
カシアンの侵入を止めるのであればカシアンの親を動かさねばならないし、
カシアンに別の居場所を作るには慎重に手を回さなければまた周りが勝手な情報を流してしまう。
そもそも、カシアンの話がどこまで真実かわからない。
「カシアン様。この図面、完成したら是非城へいらしてください。私、とても興味がありますわ」
「はい。ありがとうございます」
アイリーンはこの少年のことをもっと知りたいと思った。
「どうせ読めないだろう」と高を括っていたカシアンに一晩で論文を読破して
「逆提案」まで突きつけるアイリーン。 13話からの決着、いかがでしたか。
次話は彼女が動きます。
【第16話:サロンの静寂、乱れる心音】明日朝9:00頃に更新予定。
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