1章10話 それは恋か、あるいは美化か
「アイリーン様、本日はお招きありがとうございます」
午後。宣言通り、プライベートサロンにリリアナが尋ねてきた。
リリアナは彼女が午前の試験にひっかかって来なくなることを必死に願っていたが、叶わなかった。
アイリーン、リリアナ、エリスの三人でテーブルを囲み、グレースは今日も扉脇に立っている。
「わたくし、家は王党派に連なる者なのですけれど、振興派のアセンダント伯爵令息様と婚約している関係で、本日は振興派代表として参りました。
振興派の方は社交が苦手な方が多いので、わたくしにお役目が回ってきましたの」
そこからエリスの話は長かった。
今注目されている新鉱石の話からその活用技術の話、アセンダント伯爵家が関わっている事業の話まで、延々と営業トークが続く。
そういった話を聞くのは慣れているので苦ではないアイリーンだったが、今日は隣に座るリリアナがいつ怒りで爆発するかと大変冷や冷やする時間を過ごした。
話が一段落したところでリリアナが軌道修正に入る。
「エリス様。皇女殿下はエリス様ご自身のお話をお聞きしたいそうですわ」
「わたくしの?」
目を丸くするエリスにアイリーンは言いよどみながら言葉を紡ぐ。
「はい。エリス様は既にご婚約されているのでしょう?
その、どういう方なのか、とかお聞きしたくて。
初めてお会いした時は、どうでしたか? ご婚約の決め手は、何でしたの?
お相手とはどのように逢瀬を?」
「えええ……?」
振興派の売り込みに来たエリスは、想定外の問いかけにわかりやすく戸惑った。
気恥ずかしさもあってしばらく沈黙が続く。
けれど、皇族に聞きたいと言われれば断ることもできない。
長い躊躇の後、顔を赤らめながらエリスは口を開いた。
「さ、最初にお会いしたのは、うちの避暑地でしたわ。
お父様の紹介で、乗馬をご一緒して……
それからは、お手紙のやりとりや、流行の大衆演劇を観に行ったり……その。
あ、会う度に、他の方が言わないような、素敵な言葉をくださるので、それで……ですわね。
特に迷うことはございませんでした」
「素敵な言葉とは?」
アイリーンだけでなく、リリアナまでも身を乗り出して真剣にエリスの言葉を聞いていた。
さらに顔を真っ赤にして、エリスは続ける。
「その、着るものを似合うと褒めてくださったり、よ、容姿を褒めてくださったりだとか。ですわ」
真っ赤になりながら婚約者の話をするエリスの姿がアイリーンには眩しく映った。
「素敵なお話ですわね」
「褒め言葉をくださる殿方は格好よく見えてしまうものですものね」
アイリーンに続き、リリアナも憧憬の吐息を漏らす。
羨望を感じとったエリスはこの機を見逃すまいと商談モードに頭のスイッチを切り替えた。
「皇女殿下には、そう言った言葉をくださる方はいらっしゃいませんの?」
プライベートに踏み込んだ質問に、リリアナの額がピクリと反応する。
多少躊躇しながらもアイリーンは答えた。
「ヴェルストラーテン公爵令息様は、よく褒めてくださいますけれど」
「わたくし、思うのですけれど」
ここだ、とエリスは目を光らせた。かぶりぎみで言葉を被せる。
与えられた今日一番の役目を全うするべく、不敬と切り捨てられる事も覚悟の上で、言葉を続ける。
「公爵令息様を好ましく思われているのは、
幼い頃のときめきを恋心と勘違いされているのではありませんか?」
「なにを仰るのですか、不敬ですよ!」
リリアナが再び目を吊り上げる。
アイリーンは言葉を返すこともできず、少し困った表情を浮かべた。
お茶を口にすることで流れを変えようと試みるが、エリスは止まらない。
「幼い頃は少し年上というだけで格好よく見えてしまうものです。
……七年前の事件の際、皇族を支えたのがヴェルストラーテン公爵家ということは存じております。
ですが、辛い時の記憶も美化されてしまうものですわ。
ヴェルストラーテン公爵令息様の家族愛や社交辞令を深く受け取りすぎていらっしゃる可能性がございます」
エリスの言葉はアイリーンの心に深く刺さった。
ティーカップを持つ指に力がこもる。中の紅茶が、細かく揺れた。
「皇女殿下には背負うべき未来を大事にしていただきたいのです。
他の殿方にもお会いする時間をもっととるべきですわ。
そうですね、ラグナル殿下とも、お話してみるといいかもしれません。
うちのカシアンであれば、皇女殿下に素晴らしく有意義な時間をお贈りしてみせます」
そこでリリアナが我慢の限界に達した。
まだ中身が残っているティーポットを手に取り、宣言する。
「申し訳ありません。紅茶がなくなってしまいました」
リリアナの意図をくみ取り、アイリーンも続く。
「あら、ではそろそろお開きですわね」
「もうですか? 残念ですね」
名残惜しむエリスにアイリーンは笑いかけた。
「またお話してくださいませ」
「失礼千万! 極まりないですわ!」
エリスが去ったプライベートサロンで、リリアナは荒れていた。
金髪のツインテールを振り乱し、応接セットのクッションをぼかぼかと殴りつける。
貴族令嬢らしからぬその振る舞いに、自分の苛立ちも忘れてアイリーンはうろたえた。
「リリアナ、落ち着いて?」
「なにが、『他の婚約者候補の方とお会いする時間をもっととるべきですわ』ですか!!
自分の! 派閥の! 候補者を! 売り込みたいだけでは! ありませんか!
ヴェルストラーテン公爵令息様を落とすその手法が!
わたくしとっても気に食いませんわ!」
声を掛けてもくたびれたクッションを振り回し続けるリリアナに、アイリーンは宥めるのを諦めた。
エリスに言われた言葉を思い返して顔を曇らせる。
「でも私、スターホルト様の言葉を否定できませんでした」
「あんな悪魔の言うこと聞く必要ありません! 忘れてくださいませ!」
忘れられたら、どれだけ楽だろうか。
けれど、エリスの言葉よりも先に、アルバートの声が脳内で勝手に再生される。
――アイリーンを一番幸せにできるのは俺だ。
「それは恋ではなく、美化された思い出ではないか」
エリスの問いかけはアイリーンの心に深く刺さりました。
果たして彼女の恋は幼い日の残像に過ぎないのか。それとも――
次話、アイリーンの脳裏に蘇るのは凄惨な記憶。
【第11話:美化できない、血の記憶】本日21:00頃に更新予定です。
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