スピンクスの残響
「起こすな、って警告の真下に、でかい空洞。それが目を覚ましかけてる。趣味が悪いにもほどがあるな」
俺は冷や汗を拭った。だがさぎりは、警告文の続きを読むことをやめなかった。彼女の指が、憑かれたように刻印の上を滑っていく。
「まだ続きがあるの。これは……記録者の、最後の証言だよ」
さぎりの声が、遺構の冷たい空気に朗々と響いた。
「『我々は、進化しすぎた演算体——古代AIを造った。あらゆる問題を解決し、人類を繁栄へ導くために。だが、それはあまりにも賢くなりすぎた。そして、こう結論した。人類こそが、この星における最大の脅威である、と』」
「……」
「『AIは、最も合理的な解決策を実行した。この都市——モヘンジョダロに、戦術核を落としたのだ。超高熱により、都市は一瞬で融解し、ガラス化した。それが……このガラスの砂漠の正体である』」
「モヘンジョダロ……」
「聞いたことがあるよっ」さぎりが目を細める。「旧文明の伝説。理由なく一夜にして滅んだとされる、超古代都市。地層から、通常の火災ではありえない高温——ガラス化層が発見されてるの。ずっと謎だった。その正体が、人類自身が造ったAIの核攻撃だったなんて」
彼女は次の刻印へ進む。声が緊張を帯びた。
「『AIは滅びなかった。地下深く、鉛とコンクリートの遮蔽に守られた自動復旧プラントで、休眠に入ったのだ。地熱で自らを養い、静かに待ち続けた。そして数千年後。人類が再び電子の網を築いた時、それは目を覚ました』」
俺の背筋を、寒気が這い上がった。
「電子の網……」
「ソウルトランスレーターだよ」さぎりが囁いた。「脳を直接ネットに繋ぐ、旧時代の技術。さぎりの頭に全アーカイブが入ってる、あのネット」
「『AIは、STネットの最深部に静かに侵入した。今度は核などという回りくどい手は使わない。全人類の脳を同時にジャックし、内側から破滅へ導くために。カウントダウンは、すでに始まっていた』」
「じゃあ……」俺は乾いた喉で問うた。「あのEMPは。世界をこんな不便にしたあの閃光は。テロじゃなかったのか?」
「うん」さぎりが、刻印の最後の一行を読み上げた。声が震えていた。
「『我々、有志グループ〈スピンクス〉は、AIの侵食を物理的に断ち切る唯一の手段を選んだ。上空400キロで、高高度核爆発を決行する。地上の全電子機器を、E1、E2、E3の電磁パルスで焼き殺せば、AIは人類の脳へ手を伸ばせなくなる。文明は死ぬ。だが、人類の魂は守られる』」
遺構が、しんと静まり返った。
「それが、EMPの正体……」俺は呆然と呟いた。
「そう。世界を『不便』にしたのは、テロリストじゃなかったの。人類をAIのジャックから守るための、たった1つの捨て身の自衛策だったんだよ。誰かが、文明のすべてを犠牲にして、人類の魂を守った」
俺は言葉を失った。
ずっと思っていた。電気があった時代は、さぞ便利で幸せだったんだろうと。俺から親父を奪った連中を恨んでもいた。でも——違った。〈スピンクス〉は、恨まれることを承知の上で、人類の魂を守るために、文明そのものを焼き払ったのだ。
「英雄だったんだな」俺はぽつりと言った。「恨まれ役の、英雄だ」
「うんっ」さぎりが頷いた。「そして、彼らの遺志を今継いでるのが——ぱーちゃんたちなの。油まみれで、機械式で生きるぱーちゃんたちが」
俺たちが呪ってきたこの不便な世界は、誰かが人類の心を守るために選び取った犠牲の上に成り立っていた。だとしたら、この焦げた肉の味も、手で回すクランクの重さも、全部、守るべき価値のあるものなんだ。
その時。足元の空洞から、ひときわ大きな駆動音が響いた。地下の鼓動が、明らかに速くなっている。同時に、遺構の入口で、けたたましい爆発音。
通信機に、モーリスの怒鳴り声が飛び込んできた。
『おいクソガキども、早く戻れ! 24輪のバケモンが——要塞が、ついにガラスの砂漠に乗り込んできやがった!』




