24輪要塞『MAZ-7907』の襲来
遺構を飛び出した俺たちの視界を、その威容が塗り潰した。
MAZ-7907。冷戦期のソ連が生んだ、12軸24輪の超巨大搬送車。本来は大陸間弾道ミサイルを運ぶための怪物を、ローク大佐は動く要塞へと魔改造していた。
車体の上には、手動式の203ミリ自走カノン砲が天を睨み、クランク駆動に改造された20ミリバルカン砲が、鈍い機械音を立てて旋回している。装甲は幾重にも溶接で継ぎ足され、全長はゆうに30メートルを超えていた。24本の巨大なタイヤが、ガラスの大地をめきめきと砕きながら進んでくる。
俺はその圧倒的な質量に息を呑んだ。これが、ローク大佐の思想の結晶なのだ。電子を一切信じない。すべてを目に見える機械式の機構で掌握する。美しさなんて微塵もない。ただ、圧倒的な力の塊。
「デカすぎだろ……! テクニカルと変わらねえぞ、あのサイズ!」
「散開しろ!」モーリスが拡声器で叫んだ。「203ミリの再装填は手動だ! 1発撃つのに40秒かかる! 撃った直後が狙い目だぜ!」
「さぎり! あのカノン砲の装填サイクル、読めるか!?」
「読めるっ!」彼女が即答した。「砲身の後座と復座の動き、それに装填手のリズム。次弾発射まで38秒! 撃った瞬間から数えて!」
テクニカルの砲座が火を噴いた。だが、203ミリの咆哮が荒野を揺らすたび、ガラスの大地が砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。分が悪い。装甲の厚みが違う。まともに撃ち合えば、テクニカルは数分で鉄屑だ。
「さぎり! あの要塞の弱点は——」
だが、俺は言葉を失った。
さぎりが、立ち尽くしていた。両手で頭を抱え、ガクガクと震えている。まるで、目に見えない何かに締め上げられているように。
「さぎり!?」
「……あ……ぐ……あたま、が……!」
要塞の頂上、指揮塔から、青白い光が伸びていた。指向性の機械式アンテナ。その光の先が、まっすぐさぎりを捉えている。
拡声器から、初めてその男の声が轟いた。低く、重く、有無を言わせぬ指揮官の声。
『試作は成功か。生体データベースよ——貴様の脳のアナログ受信端子に直接干渉する。旧時代の遺物同士、話が早くて助かる』
「アナログ、受信端子……?」俺は呻いた。
『貴様の奥歯に埋め込まれた、物理的な受信機構だ。電波でもWi-Fiでもない。純粋な機械式の振動と電磁誘導による受信装置。EMPでも壊れない。貴様は最初から、遠隔操作を前提として造られた「兵器」なのだよ、沙霧・タリス』
「そんな」俺は呻いた。「こいつが兵器? 肉食って泣くやつが?」
『感情など、造り込まれた副次的機能に過ぎん。その少女の笑いも涙も、すべて設計された演出だ』
「ふざけんな!」俺は叫んだ。「あいつの涙が演出だと!? てめえは何も分かっちゃいねえ!」
だが、さぎりの震えが、ぴたりと止まった。
次の瞬間、彼女の大きな瞳から、光が消えた。ろうそくの火を吹き消したように。
「……ぱー、ちゃん?」
彼女は緩慢に立ち上がり、腰の拳銃を抜いて、その黒い銃口を、まっすぐ俺に向けた。
「っ!?」
『自動防衛モードへ移行。周辺の敵性体を排除する。最優先目標——技術者、パトリック・マッカラン』
さぎりの口から漏れたのは、彼女の声じゃなかった。抑揚のない機械の音声。あの明るくて、あたたかいさぎりは、どこにもいない。
「さぎり、やめろ! お前は機械じゃない! 昨日、肉食って泣いただろうが! 俺にスパナ握らされて泣いただろうが!」
その必死の叫びに、引き金にかかった指が、一瞬ぴくりと痙攣した。虚ろな瞳の奥で、何かが必死に抗っている。
「……に、げて……ぱーちゃん……さぎり、止め、られない……っ!」
「さぎり!」
俺は動けなかった。避ければ、この子は俺を撃った記憶を背負う。操られていた、なんて言い訳にならないくらい深く。
だが、彼女の指は、無情に引き金を絞り込んでいく。
銃声が、ガラスの砂漠に、乾いた木霊を残した。




