プロテクトを物理破壊せよ!
銃声。だが、灼熱の痛みは来なかった。
さぎりが、最後の刹那、生身の意志を振り絞って、銃口を跳ね上げていたのだ。弾丸は俺の頬を焼くように掠めて、虚空へ消えた。頬に、一筋、熱い線が走る。
「……っ、はぁ……はぁ……!」
彼女の顔は脂汗にまみれていた。機械の絶対的な支配に、たった1人の生身の意志で抗っている。だが、それも長くは保たない。彼女の腕は、再び俺へと銃口を戻そうと、震えながら持ち上がっていく。
「パティ! そのお嬢ちゃんの奥歯だ!」テクニカルの砲座からオードリーが叫んだ。「アナログ受信端子ってやつを、ぶっ壊すしかないよ! 電子ロックじゃない、物理的な受信機なら、物理的に壊せる! 短絡させるんだ!」
「奥歯を、ショート!?」
「そうさ! あんた整備工だろ! 配線をいじるのはお手のもんだろうが!」
俺は工具ベルトから、精密ピックを引き抜いた。整備で狭い隙間の配線を掻き出すための、細い鋼の針。この震える手で、この1本で。
「さぎり! 口、開けろ! 歯ぁ食いしばれ——じゃなくて、開けろ!」
「む……り……! からだ、いうこと、きかな……っ!」
「じゃあ俺が開ける! 舌、噛むなよ!」
俺は彼女に組みついた。銃を持つ腕を片手で押さえ込む。細いのに、機械に操られた力は恐ろしく強い。俺は渾身の力で、震える顎を無理やりこじ開けた。ぐっと押さえ込みながら口内を覗く。
あった。右の奥歯。人工物の鈍い金属光。継ぎ目に、ごく細い配線が這っている。2本の端子。ここだ。ここを繋げば短絡する。
「悪ィ、さぎり。ちょっと痛いぞ。我慢してくれ」
俺はピックの先端を、その配線の継ぎ目へ慎重に滑り込ませた。整備と同じだ。手が覚えている。狙うのは、2本の端子を橋渡しする、ただ1点。ミリ単位の精密作業。
「くっ……!」
ピックの先が端子に触れた。ぱちっ、と小さな火花が散る。さぎりの全身がびくんと跳ねた。
『——警告。受信端子に異常電流を検知——干渉を継続——』
要塞からのロークの声に、初めて焦りが滲んだ。
「もう一押しだ……! 頼む、耐えろ、さぎり!」
「ぱーちゃ……いい、から……さぎり、なんか……っ!」
「うるせえ! お前を置いてくもんか! 歯ぁ1本くらい、俺が後で直してやる! なんなら銀歯にしてやる! ぴかぴかの!」
「こんな、時に……銀歯の話、しないで、ばか……っ」
さぎりの震える唇が、わずかに笑った気がした。虚ろだった瞳の奥に、確かに彼女の意志が灯っている。俺のばか話が、機械の支配に抗う支えになっているのだ。
「そうだ、そうやって俺に悪態つけ! お前はそっちの方がお前らしい!」
「あなたと、いると……ほんと、調子、狂う……っ」
俺はピックを、ぐいと捻じ込んだ。整備で培った指先の感覚のすべてを賭けて。2本の端子が、確かに橋を渡った。
バチィッ!!
鋭い火花と、焦げた匂い。青白い指向性アンテナの光が明滅し、途切れた。
さぎりの体から、糸が切れたように力が抜けた。彼女の瞳に、光が戻ってくる。ゆっくりと。あの、あたたかい光が。
「……ぱー、ちゃん……?」
「さぎり! 戻ったか!」
彼女は俺の顔を見て、それから自分が握りしめていた拳銃を見て、みるみる顔を歪めた。
「さぎり、ぱーちゃんに……銃を、向けて……。頬から、血が……! さぎりが、撃ったの……!?」
「気にすんな。かすり傷だ。それより、お前が戻ってきてよかった」
撃たれかけたこんな時でも、俺は心底そう思った。
だが、要塞はまだそこにある。ロークの声が、憎悪を込めて轟いた。
『生身の技術者風情が……! 私の周到な遠隔支配を、たかがピック1本で破っただと……! いいだろう。ならば装置ごと、貴様らを24輪で踏み潰すまでだ!』
24の巨大な車輪が、地響きを立てて回り始めた。




