青い瞳の秘密
結局のところ、僕の人生は「調整」の連続だった。
一条組という、コンクリートと鉄筋で出来た巨大な怪物の胃袋の中で、適切な部品であることを演じ続ける。それは、深夜放送のフェーダーを微調整するような、不毛で孤独な作業だ。
凪冴という「真空」が転校生として現れ、瀬那陽葵という「酸素」が僕の回路を一時的に正常化したあの日。
僕の身体は、自分でも制御できないほどの情報過多に陥っていた。
「……一条。あんた、どこを見てるのよ」
放課後の無人の教室。鳳瑛理香が僕のネクタイを乱暴に掴み、その至近距離に自分の顔をねじ込んできた。
窓から差し込む西日が、彼女の青い瞳を透かし、宝石のような硬質な輝きを与えている。だが、その瞳の奥には、いつも僕を射抜く傲慢さとは別の、ひび割れたような「空虚」が揺らめいていた。
「凪と何を話していたの。……それに、あの瀬那の妹。あんた、あんな小娘にまで鼻の下を伸ばしているんじゃないでしょうね?」
彼女の指先が、僕の喉元に触れる。
熱い。
陽葵と触れ合った時の、あの「正しいリズム」を強引に上書きするような、暴力的なまでの過電流。
僕の身体は瑛理香の熱を「不快」だと認識しながら、同時にその刺激に脳が焼かれる感覚を、忌々しくも「補給」として受け入れてしまう。
「……別に。君には関係ないことだ」
「関係あるわよ! あんたは私の所有物なの。一条と鳳を繋ぐための、たった一つの楔。……あんたが壊れたら、私の居場所もなくなるのよ」
瑛理香の声が、微かに震えた。
彼女は僕の胸に顔を埋め、しがみつくように僕のシャツを握り締める。
その瞬間、伝わってきたのは、彼女の激しすぎる心音だった。
ドクン、ドクン、ドクン。
それは、周囲を威嚇するような高い壁を築きながら、その内側で「誰にも見つかりたくない」と泣いているような、矛盾に満ちたビートだった。
瑛理香もまた、僕と同じなのだ。
鳳財閥という巨大なシステムの部品として、常に「完璧な令嬢」を演じ続け、焼き切れる寸前の熱量を抱えながら、独りで震えている。
僕は、彼女の細い肩に手を置いた。
陽葵のような安らぎはない。結衣のような救いもない。
ここにあるのは、互いの欠落をぶつけ合い、摩耗し合うことでしか「自分」を確認できない、醜悪なまでの共依存の予感だ。
「……君の瞳は、いつも何かを睨んでいるね」
「……睨んでなきゃ、吸い込まれて消えちゃいそうなんだもの。この、馬鹿みたいに広いだけの、冷たい世界に」
彼女が顔を上げ、僕を睨む。
その瞳に宿る熱。それは、僕という「零」を焼き尽くし、彼女と同じ「地獄」へ引きずり込もうとする、剥き出しの執着だった。
僕は確信する。
陽葵との適合が「光」なら、この瑛理香の熱は「闇」だ。
そして、今の僕は、そのどちらが自分を救ってくれるのか、あるいはどちらが自分を殺してくれるのか、その判別さえつかないほどに、狂い始めていた。
「いい、一条。あんたを汚していいのは、私だけ。あんたを壊していいのも、私だけよ」
夕闇の教室で、二人の歪な鼓動が重なる。
それは、美しく整えられた偽装交際の裏側で、救いようのない本能が牙を剥いた瞬間だった。




