偽りのデート、本音の脈拍
日曜日の遊園地。
この場所を充満させているのは、リア充たちが吐き出す幸福という名の二酸化炭素だ。
僕のような「構成作家の書いた台本通りにしか動けないモブ」にとって、ここは酸素の薄い高地にも等しい。
隣を歩くのは、鳳瑛理香。
ゼネコンとIT財閥。対立する両家のパワーバランスを維持するための「偽装」という名の舞台。僕たちは、観客のいない劇場で、不器用な主役を演じさせられている。
「……一条。いつまでそんな、放送事故を待ってるディレクターみたいな顔してるわけ?」
瑛理香が苛立ちを隠さず、僕の右腕を強引に引き寄せた。
その瞬間、僕の右腕の神経が、嫌な音を立てて跳ねた。
彼女の細い指先が、僕のシャツの袖越しに食い込む。そこから流れ込んでくるのは、暴力的なまでに純度の高い「熱」だ。瑛理香の体温は、常に高い。それは彼女が抱える巨大な自尊心と、その裏側に張り付いた孤独を燃焼させるための、剥き出しのエネルギーだった。
「恋人同士なんでしょ。だったら、それらしくしなさいよ」
耳元で囁かれる、低い命令。
周囲を欺くための「接触」。だが、その儀式が始まった瞬間から、僕の思考回路はノイズまみれの周波数のように混濁し始めた。
瑛理香の鼓動が、腕を通じて僕の心臓へと直接ノックしてくる。
ドクン、ドクン、と。
それは、結衣と指を絡めた時に感じる、あの消え入りそうな波紋とは対極にある、凄まじい振幅だった。
ジェットコースターの待ち時間。狭い列の中で、僕たちの距離はさらに密着を余儀なくされる。
彼女の肩が僕の胸に当たり、そこから放たれる圧倒的な「生命力」が、僕の毛穴から侵入してくる。
本来なら、僕はここで気の利いたメタ発言のひとつでも放って、この生々しさから逃げ出すべきなんだ。けれど、現実の僕の肉体は、逃走を許さない。
瑛理香の首筋に浮いた、微かな汗の粒。
彼女の脈拍が加速するたびに、僕の身体の奥底で、眠っていた「何か」が爪を立てる。
……身体の芯が、疼く。
昨日も、一昨日も、僕はその衝動を殻の中に閉じ込めてやり過ごしてきた。なのに、この瑛理香の放つ「闘争に近い熱量」に当てられた瞬間、僕の細胞が、まるで乾燥したスポンジが水を求めるように、彼女の存在を吸い上げようと叫びだす。
いっそ、このまま、この熱に呑まれてしまえば楽になれるのか。
だが、その衝動に手を伸ばそうとした瞬間、僕の脳裏を過ったのは、瑛理香の熱でも、結衣の優しさでもない。昨日、校舎の裏ですれ違った時に感じた、あの静電気のような、もっと鋭い「予感」だった。
「……一条? あんた、顔色が悪いわよ。まさか、絶叫マシンが怖いなんて言わないわよね?」
覗き込んできた彼女の青い瞳。
僕は、彼女の腰に手を回し、より深くその身体を抱き寄せた。
それは、周囲を欺くための演技ではない。
僕自身が、自分の内側から溢れ出そうとする「正体不明の飢餓感」を抑え込むための、必死の防衛本能だった。
「……いや。ただ、君の心音がうるさいなと思ってね」
僕が吐き出したその言葉は、どこかの放送作家が絞り出した、最低のジョークに聞こえたかもしれない。
だが、その瞬間、瑛理香の身体が微かに震え、彼女の体温がさらに一段階、跳ね上がった。
偽りのデート。作られた恋。
その嘘の裏側で、僕の本能は、確実に、そして残酷に、自分を殺してくれるほどの「適合」を探し求めていた。




