ガラスの砂漠の第一遺構
「袋小路に追い込まれるくらいなら、こっちからあいつらの手の届かない場所に飛び込むまでだ!」
モーリスの決断は大胆だった。彼はテクニカルの舵を、常人の踏み込まぬ死の領域へと切った。
ガラスの砂漠——超古代の核によって、砂が一瞬で融解し、再び凝固した、鏡のように輝く不毛の大地。放射線量が高すぎて、ローク軍の兵器でさえ長くは活動できない。
「座標、間違いないの?」俺は防護マスク越しに叫んだ。
「間違えるわけないよっ。さぎりの記憶だもん」
さぎりの頭の中には、この砂漠のどこかに眠る「第一遺構」の座標が刻まれていた。彼女自身、なぜ知っているのか分からないという。
「……変なの」ハンドルを握るモーリスの隣で、さぎりが呟いた。いつもの明るさが、少し陰る。「この座標ね、さぎりが『覚えた』覚えがないの。生まれた時から、最初から、脳に刻まれてた。まるで……誰かが、さぎりをこの場所へ来させるために造ったみたいに」
俺はその言葉に、ざわりと嫌な予感を覚えた。
やがて、ガラスの地平線に、それは現れた。
融けたガラスの中に半ば埋もれるようにして聳える、黒い構造物。人工物なのは間違いない。だが、その様式は、俺の知るどんな建築とも違っていた。あまりにも古い。旧文明よりも、さらに。
「降りるっ」さぎりが立ち上がった。「あの中に、さぎりの『始まり』の手がかりがあるの。確かめなきゃ」
「待て、俺も行く」
「危険だよ? 放射線量も高いし」
「だから行くんだよ。1人で行かせられるか」
「……なんで、そこまでさぎりに構うの?」さぎりが、上目遣いに俺を見た。「なんの得もないのに。さぎり、追われ者で、厄介事の塊なんだよ?」
「得とか損とか、さっきからそれしか言わねえな、お前」俺は苦笑した。「そういうんじゃねえんだよ。お前が1人で怖い顔してどっか行こうとすると、俺は放っておけねえ。それだけだ」
さぎりは何か言いかけて、やめて。それから、ふにゃっと笑って、俺の袖をきゅっと握った。
テクニカルを砂漠に係留し、俺と、さぎり、それに大男のルークの3人が遺構へと足を踏み入れた。
内部はひやりと冷たかった。外の灼熱が嘘のように。壁面には、電気を使わない、純粋な機械式の刻印装置——歯車と針で情報を刻み込む、原始的で堅牢なアーカイブが並んでいた。
「すごい……」俺は思わず声を漏らした。「電子部品が1つもない。全部、機械式だ。だからEMPでも壊れなかったのか。何千年も生き延びた」
「賢いやり方だねっ」さぎりが壁の刻印に触れる。「この刻印装置、歯車の噛み合わせで情報を記録して、針で読み出すの。電気なんて1ミリも要らない。何千年経っても、油さえ差してやれば動くんだよ」
「こういうのを作ったやつは、よっぽど機械を信じてたんだな」
「ぱーちゃんと同じだねっ」さぎりが、えへへと笑った。「きっと、ぱーちゃんみたいな職人が、何千年も前にもいたんだよ。電気に頼らず、自分の手で後世に想いを遺そうとした人が」
その言葉に、俺はなんだか、遠い時代の同じ「機械を信じる者」の手の温もりが、ほんの少し伝わってくる気がした。
さぎりの指が刻印をなぞる。その瞬間、青い瞳が完全記憶の光を帯びた。
「……読める。この文字体系、さぎりのデータにある最古の言語と一致する。これは——警告文だよ。『地下に眠る者を、決して起こすな』——」
その時、ルークがぴたりと足を止めた。床に耳を押し当て、低く唸る。
「……パティ。この床、二重だ。下に空洞がある。とてつもなく、でかい」
ゴォォォ……と。足の裏から、地の底の呻きのような、低い駆動音が伝わってきた。
俺たちが立つガラスの床の、遥か下。そこに、何かが眠っていた。
「さぎり、今の音、なんだ」
彼女の顔から、血の気が引いていた。
「……鼓動だよ」掠れた声で言った。「地下に眠る、何かの。それが、さぎりたちの足音に反応して、目を覚まそうとしてる」




