↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】完全記憶少女を拾ったら懐かれた件 ~EMPで文明が滅んだので、整備士の俺と終末で最強バディやってます~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
泥と実弾のアーク

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/32

消させない思い出

24輪の要塞は、しかしこの時、まだ全貌を現さなかった。地平線に威圧的な影を落としたまま、じりじりと包囲網を狭めてくる。まるで、獲物が弱るのを待つ狩人のように。


「妙だな」モーリスが双眼鏡を覗いて唸った。「あれだけの火力があって、なぜ一気に仕掛けてこねえ」


「追い立ててるんだよ」さぎりが静かに言った。「さぎりを、どこかへ誘導しようとしてるの。むやみに攻撃して、さぎり——生体データベースが壊れるのを、恐れてるから」


だから俺たちは、走り続けるしかなかった。だが、鉱山機械の巨体は速くない。燃料も、じりじり減っていく。


その夜。整備甲板の隅で、俺は工具の手入れをしていた。眠れなかったのは、たぶん昼間のあの放送のせいだ。


「……起きてたの?」


毛布を引きずって、さぎりが現れた。青い髪が、寝ぐせでちょっと跳ねている。熱はだいぶ引いたらしい。だが、その顔はどこか思い詰めていた。


「あなたこそ。整備なんて、こんな夜中に」


「手を動かしてると、余計なこと考えずに済むんだ」


さぎりは、毛布にくるまったまま、俺の隣にちょこんと腰を下ろした。膝を抱えて、ちいさくなって。ディーゼルの低い唸りが、鋼鉄の床を通して伝わってくる。


「ねえ、ぱーちゃん」


「ん?」


「もし本当に、さぎりの記憶が消えたら」彼女は、毛布に顔を半分埋めて言った。「さぎり、ぱーちゃんのこと忘れちゃうのかな。お肉がおいしかったことも、助けてもらったことも、みんなで炭火を囲んだことも……全部消えて。また、無味無臭のカプセルが一番だって本気で思う、つまらない機械に戻っちゃうのかな」


声が震えていた。世界のぜんぶを覚えていられる子が、初めて「忘れること」を恐れていた。


俺はしばらく黙って手を動かし、それから、磨いていたスパナを彼女のちいさな手に握らせた。ずしりと重い、使い込まれた鉄の塊を。


「これ、やるよ」


「え……?」


「俺が親父から受け継いで、10年使ってるやつだ。傷だらけで、握りもすっかり俺の手に馴染んでる。でもな、これを見りゃ、俺はいつでも思い出すんだ。親父の顔。教わったこと。全部な」


「……」


「記憶ってのは、頭の中だけにあるんじゃねえ。この手の中にも、味の中にも、こうやって隣に座ってる時間の中にも、ちゃんと残る。形になって残るんだ」


俺は、彼女の目をまっすぐ見た。


「だから、もしお前が忘れても、俺が覚えてる。お前が肉食って泣いたことも、生意気なことばっか言うことも、ベランダに逆さまに刺さってたことも。全部、俺が覚えてる。そして忘れたら、何度だって教え直してやる。何度でもだ」


さぎりは、スパナをぎゅっと胸に抱いた。


その大きな瞳から、ぽろり、とひとつぶ、涙がこぼれた。今度は、肉の時の勢いのある涙じゃない。もっと静かで、もっと熱い涙だった。


「……ばか」


彼女は、俺の肩にこつんと額を預けた。ちいさな体温が、じんわり伝わってくる。


「そういうこと、真顔で言わないでよぉ……。記憶容量、無駄に食うじゃない。今の、絶対一生忘れられないやつだよ……。脳の、いちばんいい場所に、保存されちゃった……」


「悪かったな、容量食わせて」


「……ううん」


彼女の声は、涙で濡れて、けれど、ほどけるみたいに柔らかかった。


「……いいの。この記憶なら、もし消えても。だって、何度でも、ぱーちゃんに教え直してもらえるんでしょ?」


「ああ。約束する」


「約束、記憶したっ。ちゃんと守ってよねっ。破ったら承知しないんだからっ」


荒野を渡る夜風が、鉄の甲板を撫でていく。星が、やけに綺麗な夜だった。EMPで街の灯りが消えたおかげで、皮肉にも、空は星屑で埋め尽くされていた。


その静かな夜が、嵐の前の最後の凪だった。


夜明けとともに、けたたましい警報が、その凪を無残に引き裂いた。


「総員、戦闘配置ォ!」モーリスの怒鳴り声。「要塞が動き出しやがった! こっちを袋小路に追い込む気だ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。