嵐の後の静寂
すべての「偽り」が剥がれ落ちた後の夜は、驚くほど静かだった。
……なんて格好をつけてみたが、実際には僕の心臓は、全力疾走後のドラムセットみたいにバカげた音を立てている。
一条組の跡取りとしての立場? 鳳家との冷戦状態? あるいは「10年前の約束」という名の、僕を長年縛り続けてきた、あのキラキラした呪縛?
そんなものは今、目の前に立つ一人の少女が放つ圧倒的な生命力の前に、木っ端微塵に砕け散っていた。
校庭の真ん中。月明かりが、僕と陽葵の二人だけをスポットライトのように照らし出す。
さっきまで、ここで姉妹の熾烈な……というより、もはや「実存」を懸けたやり取りが行われていたとは信じられないほど、空気は澄んでいた。
「……ねえ、一条君。もう、誰もいなくなっちゃったね」
陽葵が、一歩踏み出す。
その瞬間、僕の全身の神経が、まるで強力な磁石に吸い寄せられるように、彼女という一点に向けて総立ちになった。
思えば、僕は迷い続けていた。
瑛理香との、まるでボクシングの試合でもしているような激しい衝突。
結衣(姉さん)との、教会で祈りを捧げているような、清らかすぎて息が詰まる時間。
萬里花の、深海に引きずり込まれるような、重すぎる執着。
どれもが、世間一般で言えば「ドラマチックな恋」なのかもしれない。けれど、僕という「一条零」という歪な器を、本当の意味で満たしてくれるものは、そこにはなかったんだ。
「お姉ちゃん、泣いてた。私、世界で一番大好きな人を傷つけた。……でもね、後悔はしてないの。だって、こうしてないと、私、今にも壊れちゃいそうなんだもん」
陽葵が、僕の胸に両手を置く。
その小さな掌から伝わってくるのは、電気信号というよりは、もはや「生命そのものの激流」だった。
ドクン、ドクン。
僕の、不感症気味だった心臓が、彼女の拍動をコピーするように速度を上げる。
「……ああ、僕も同じだ。陽葵」
情けない。本当に、ラブコメの主人公としてあるまじき「本能丸出し」の台詞だ。
かつて夢見た『約束の女の子』との運命? そんな脳内の幻影より、今、目の前で僕のワイシャツを握りしめている、この陽葵の体温。この、朝も昼も夜も、呼吸をするのと同じ頻度で重ね合わせなければ、僕たちの魂は干からびてしまうだろうという、絶望的なまでの「相性」。
「一条君。私ね、わがままだよ? 1日3回なんて、きっと序の口。あんたが私の光でいてくれないと、私、すぐに枯れちゃうんだから」
「望むところだ。僕も、君という光源がなければ、この『零』という空虚から抜け出せない」
僕は、彼女の腰を強引に引き寄せた。
向日葵のような、陽光をたっぷりと吸い込んだ香りが、僕の鼻腔を、脳を、そして細胞の隅々までを支配していく。
これから始まるのは、家柄も、宿命も、過去の思い出も関係ない。
ただ、「この相手でなければ死んでしまう」という二人の欠陥人間による、終わりのない、そして誰よりも熱い、救済の物語だ。
「……ねえ、一条君。もう、我慢できないよ」
「僕もだ。陽葵」
僕たちは、静まり返った校庭で、ついに本物の「光源」に手を伸ばした。
もはや「偽り(コイ)」なんて言葉じゃ、この飢餓感は説明できない。




