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萬里花の強制執行

 瑛理香との契約が切れ、結衣をこの手で突き放した僕の前に現れたのは、もはや「執念」を具現化したような女だった。

「一条様……ようやく、ようやく私だけの時間ですね」

 常磐萬里花ときわ・まりか。彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込んでいるかのような、底知れない熱を宿していた。


 事態は最悪の形で急転直下する。おおとり家との決裂で揺れる一条組の混乱を突き、萬里花は僕を無理やり自らの邸宅へと連れ去ったのだ。

 豪華絢爛な、けれどどこか病院のような消毒液の匂いが混じる寝室。

 そこで僕は、彼女の「真実」を突きつけられることになる。


「私にはもう、時間がありませんの。だから……これからは四六時中、私のことだけを感じていただきますわ」

 萬里花が僕に縋り付く。その肌は驚くほど白く、そして冷たい。

 彼女は自らの「死にゆく命」の灯火を燃やし尽くすように、激しい接触を求めてきた。

 一条組の跡取りとして、そして男として、僕は彼女の剥き出しの覚悟を真っ向から受け止めるしかなかった。一度、二度……僕たちは互いの輪郭を確認するように身体を重ねる。


 だが、何度触れ合っても、僕の細胞は「エラー」を吐き出し続けていた。


 萬里花の肌から伝わってくるのは、生への渇望を超えた「死」の予感だ。彼女が僕を抱きしめる力は、逃げ場のない「呪縛」のように僕の自由を奪い、精神を摩耗させていく。

 彼女が求める密度は、僕のキャパシティを容易く超えていた。けれど、それは陽葵ひまりとの間にあった「循環」ではない。萬里花が僕の生を一方的に飲み込み、自らの空洞を埋めようとする「略奪」だった。


(……これ以上は、ダメだ)


 行為を重ねるたび、萬里花の顔色は蒼白になり、呼吸は浅くなっていく。

 彼女の執着は、僕を満たすどころか、僕自身の本能に強烈な警告音を鳴り響かせていた。

 今の僕が求めているのは、相手を削り取るような悲劇的な結末じゃない。

 ただ、当たり前のように朝起きて、昼を過ごし、夜に微睡む……そのすべてを無理なく、けれど過剰なほどの充足感で埋めてくれる、あの陽葵との「生存のリズム」なんだ。


 深い深夜。疲労と病魔に蝕まれ、ようやく眠りに落ちた萬里花の横顔を、僕は月明かりの下で見つめる。

 彼女の指は、眠っていてもなお僕の腕を固く掴んでいた。

 その指を一本ずつ、静かに、けれど慈悲を捨てて解いていく。


「ごめん、萬里花。……僕は、君と一緒に死ぬことはできない」


深い深夜。ようやく眠りに落ちた萬里花の横顔を、僕は月明かりの下で見つめる。

 彼女の指は、眠っていてもなお僕の腕を固く掴んでいた。その強すぎる執着は、どこか切なくて、胸が締め付けられる。

 その指を一本ずつ、静かに、けれど明確な意志を持って解いていった。


「ごめん、萬里花。……僕はやっぱり、君の運命にはなれないみたいだ」


 僕は、彼女に背を向けた。

 窓から滑り落ちるように、静まり返った街へと駆け出す。

 

 情けない話だが、今の僕は完全にキャパオーバーだった。

 萬里花の、命を燃やすような重すぎる愛。それは僕という器にはあまりに高貴で、そして切実すぎたんだ。そんな彼女と向き合い続けた反動で、僕の心と体は、もっと別の……そう、もっとバカげたほど賑やかで、理屈抜きの「熱」を求めて叫んでいた。


 今すぐ、あの向日葵みたいに真っ直ぐな陽葵の笑顔に会いたかった。

 四六時中ベタベタと絡みついてきて、隙あらば僕のパーソナルスペースを侵略してくる、あの騒がしいほどにパワフルな彼女の隣。

 朝も昼も夜も、呼吸をするのと同じくらい自然に肌を重ね合える陽葵との日常。そんな「当たり前の相性」が、今の僕にはどんな宝物よりも愛おしく、そして必要不可欠なものに思えて仕方がなかったんだ。

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