クラス替えの冷徹な審判
三月の狂騒がホワイトデーと共に去り、校庭の桜が薄桃色の雪を降らせる季節が巡ってきた。
進級。それは学生という特権階級に与えられた「関係のリセット」を意味する冷徹なシステムだ。
掲示板の前に群がる生徒たちの隙間を縫って、僕は自分の名前を探した。
「……あ」
隣にいた瑛理香から、短い、吐息のような声が漏れる。
一条零、2年A組。鳳瑛理香、2年B組。
一年間、地獄のような喧嘩を繰り返し、けれど誰よりも多くの熱量を交換し続けてきた僕たちは、ついに物理的な壁によって隔てられた。
「……ちょうどいいじゃない。これで、あんたの不細工な顔を見なくて済むわ」
瑛理香はわざとらしく鼻を鳴らし、髪をかき上げた。だが、その指先が微かに震えているのを、僕は見逃さなかった。偽装の恋人としての「義務」は、クラスが分かれることで格段に難しくなる。それは同時に、僕たちの関係を繋ぎ止めていた、家の事情という名の強制力が、この学園生活の中では一歩後退したことを意味していた。
「そうだな。お前のわがままに付き合わなくて済むのは、せいせいするよ」
僕もまた、嘘を吐いた。瑛理香との激しい衝突は、僕という人間に「生」の震えを刻み込んでいた。それがなくなることへの、生理的な欠落感はある。
――だが、本当の衝撃は、その後に用意されていた。
今年度から導入された「縦割り選択クラス」のリスト。そこには、下級生でありながら、優秀な成績や適性によって上級生と同じ教室で講義を受ける生徒たちの名前が並んでいる。
僕は、自分の所属するA組のリストの最下段に、その名を見つけた。
瀬那陽葵。
その文字を見た瞬間、僕の背中を、言葉にできない熱い痺れが駆け抜けた。
瑛理香との距離が開く。結衣とも、別のフロアで物理的に遮断された。
それは、周囲の目を欺き続けなければならない「舞台」が解体され、代わりに、陽葵との「密やかな隙間」が、日常生活のど真ん中に、合法的に用意されたことを示していた。
「一条、あんた……今、何を考えてるの?」
瑛理香の鋭い瞳が、僕の思考を暴こうと射抜く。
彼女は勘付いているのだ。クラス替えという「審判」が、僕たちの関係を希薄にする一方で、僕をある種の解放感へといざなっていることに。
「別に。新しい教科書を買うのが面倒だと思ってただけだ」
嘘を重ねながら、僕は歩き出す。
廊下ですれ違った陽葵と、一瞬だけ視線が重なった。
彼女は、姉の結衣が隣にいる手前、僕に声をかけることはない。けれど、その潤んだ瞳は、同じ教室内で「先輩」と呼びながら、人目を盗んで何度でも、一日に何度でも「補給」ができる幸運を――いや、地獄の共鳴を、饒舌に語っていた。
偽装の恋人としての僕の居場所は、B組の扉の向こうに取り残された。
だが、一条零という一匹の獣が真に求めている「餌場」は、今、A組という名の檻の中に、陽葵という名の毒と共に設置されたのだ。
校舎に響く始業のチャイムが、終わりではなく、より深く、より逃げ場のない「依存」の始まりを告げていた。




