バレていく「偽装」
学園祭、クリスマス、そしてバレンタイン。
いくつもの季節を跨いできた僕たちの「偽装」は、皮肉なことに、周囲から見ればもはや「本物」にしか見えないほど完成されていた。瑛理香との掛け合いは阿吽の呼吸になり、人前で手を繋ぐことにも躊躇はない。
――けれど、完璧な「外装」であればあるほど、その内部に生じた歪みは、鋭い者の目をごまかせない。
「……一条。あんた、最近ちょっと変じゃない?」
放課後の生徒会室。窓から差し込む夕日が、瑛理香の金髪を燃えるようなオレンジに染めている。彼女は資料を置くと、僕の顔をじっと覗き込んできた。
「変って、何がだよ。いつも通りだろ」
「いつも通り? ふん、笑わせないで。あんた、私と腕を組んでるとき、心臓の音がちっとも『うるさくない』のよ」
瑛理香の言葉に、心臓が跳ねた。
彼女は、僕の「本能」に最も敏感な女だ。瑛理香の放つ暴力的なまでの情熱、火傷しそうな熱量。以前の僕は、それに呼応して自分の鼓動が乱れるのを自覚していた。それは戦いのような、激しい共鳴だったから。
「以前のあんたは、私に気圧されて、もっと必死に『生』を貪ってる感じがしたわ。でも今は……なんていうか、どこか別の場所で、たっぷり餌をもらってきた飼い犬みたいに、落ち着きすぎてる」
……飼い犬。言い得て妙だ。
僕は陽葵との「補給」を知ってしまった。
毎日欠かすことのできない切実な回数を、陽葵との静かで深い同調によって満たしてしまっている。だから、瑛理香が放つ過剰な熱を受け取らなくても、僕の器はすでに満杯なのだ。
「誰なの? 瀬那……結衣?」
瑛理香が、一歩踏み込んでくる。
彼女の香水の匂いが鼻を突く。いつもならこの距離、この刺激に、僕の身体はもっと剥き出しの反応を返していたはずだ。けれど今の僕は、凪のように静かだった。
「違う……な。結衣なら、もっとあんたを混乱させるはずだもの。あの子は『聖域』すぎて、あんたの飢えを完全には消せない。なら、誰よ」
瑛理香の鋭い瞳が、僕の奥底にある「秘密」を暴こうと輝く。
彼女は気づき始めている。僕が選んでいるのは、彼女との「高熱の衝突」でも、結衣との「清廉な愛」でもない、陽葵との「生存のための同調」であることを。
「……別に、誰でもないさ。ただ、慣れただけだろ。偽装にも、お前の熱さにも」
「嘘ね」
瑛理香は僕の胸を、トン、と強く指先で突いた。
「あんたの身体は嘘をつかない。……いいわ、暴いてあげる。あんたをそんなに『満足』させているのが誰なのか。その正体を知ったとき、私がどう動くか……覚悟しておきなさいよ?」
背中を向けて部屋を出ていく瑛理香。
彼女が扉を閉めた後の静寂の中で、僕は自分の手のひらを見つめた。
バレていく。
僕と陽葵の間だけに流れる、他者が介入できない「密度」。
一言も、真実を口にしたわけではない。
なのに、このヒリついた感覚は何だ。
逃れられない修羅場の予感が、かつてないほど生々しい「肉の匂い」を伴って、僕の周囲に立ち込め始めていた。




