表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/70

バレていく「偽装」

 学園祭、クリスマス、そしてバレンタイン。

 いくつもの季節を跨いできた僕たちの「偽装」は、皮肉なことに、周囲から見ればもはや「本物」にしか見えないほど完成されていた。瑛理香との掛け合いは阿吽の呼吸になり、人前で手を繋ぐことにも躊躇はない。


 ――けれど、完璧な「外装」であればあるほど、その内部に生じた歪みは、鋭い者の目をごまかせない。


「……一条。あんた、最近ちょっと変じゃない?」


 放課後の生徒会室。窓から差し込む夕日が、瑛理香の金髪を燃えるようなオレンジに染めている。彼女は資料を置くと、僕の顔をじっと覗き込んできた。


「変って、何がだよ。いつも通りだろ」

「いつも通り? ふん、笑わせないで。あんた、私と腕を組んでるとき、心臓の音がちっとも『うるさくない』のよ」


 瑛理香の言葉に、心臓が跳ねた。

 彼女は、僕の「本能」に最も敏感な女だ。瑛理香の放つ暴力的なまでの情熱、火傷しそうな熱量。以前の僕は、それに呼応して自分の鼓動が乱れるのを自覚していた。それは戦いのような、激しい共鳴だったから。


「以前のあんたは、私に気圧されて、もっと必死に『生』を貪ってる感じがしたわ。でも今は……なんていうか、どこか別の場所で、たっぷり餌をもらってきた飼い犬みたいに、落ち着きすぎてる」


 ……飼い犬。言い得て妙だ。

 僕は陽葵との「補給」を知ってしまった。

 毎日欠かすことのできない切実な回数を、陽葵との静かで深い同調によって満たしてしまっている。だから、瑛理香が放つ過剰な熱を受け取らなくても、僕の器はすでに満杯なのだ。


「誰なの? 瀬那……結衣?」


 瑛理香が、一歩踏み込んでくる。

 彼女の香水の匂いが鼻を突く。いつもならこの距離、この刺激に、僕の身体はもっと剥き出しの反応を返していたはずだ。けれど今の僕は、凪のように静かだった。


「違う……な。結衣なら、もっとあんたを混乱させるはずだもの。あの子は『聖域』すぎて、あんたの飢えを完全には消せない。なら、誰よ」


 瑛理香の鋭い瞳が、僕の奥底にある「秘密」を暴こうと輝く。

 彼女は気づき始めている。僕が選んでいるのは、彼女との「高熱の衝突」でも、結衣との「清廉な愛」でもない、陽葵との「生存のための同調」であることを。


「……別に、誰でもないさ。ただ、慣れただけだろ。偽装にも、お前の熱さにも」

「嘘ね」


 瑛理香は僕の胸を、トン、と強く指先で突いた。

「あんたの身体は嘘をつかない。……いいわ、暴いてあげる。あんたをそんなに『満足』させているのが誰なのか。その正体を知ったとき、私がどう動くか……覚悟しておきなさいよ?」


 背中を向けて部屋を出ていく瑛理香。

 彼女が扉を閉めた後の静寂の中で、僕は自分の手のひらを見つめた。

 

 バレていく。

 僕と陽葵の間だけに流れる、他者が介入できない「密度」。

 

 一言も、真実を口にしたわけではない。

 なのに、このヒリついた感覚は何だ。

 逃れられない修羅場の予感が、かつてないほど生々しい「肉の匂い」を伴って、僕の周囲に立ち込め始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ