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価値観の完全一致

 路地裏の湿った空気の中、陽葵の心拍は僕の胸を叩き、僕の鼓動は彼女の喉元を震わせていた。

 二日間の空白は、単なる欠乏ではなく、僕たちの関係が「好き」や「愛している」といった甘い言葉以前の、生存に直結した「需要」であることを残酷なまでに証明していた。


「……チョコなんて、本当はどうでもいい」


 僕は彼女の耳元で、掠れた声を出した。瑛理香の情熱的なカカオも、結衣の献身的な甘さも、今の僕にはあまりに遠い世界の出来事だ。

「君の拍動が、君の温度があればいい。それだけで、僕の『零』は埋まるんだ」


 陽葵の身体が、ビクンと大きく跳ねる。彼女の目から溢れた涙が、僕のシャツに染み込んでいく。それは罪悪感の滴であり、同時に、ようやく「理解者」を見つけた安堵の証でもあった。


「……私も、そう。一条さんの……その、お姉ちゃんよりも、誰よりも激しくて、止まらない心臓の音が聞こえないと、息が詰まりそうになるの……」


 陽葵は泣きながら、僕の背中に爪を立てる。

 この世には、星の数ほどの恋愛観があるだろう。ロマンチックな演出を好む者、精神的な繋がりを至高とする者、あるいは単なる義務としてこなす者。

 けれど、僕たちは違う。

 僕たちは、剥き出しの身体が発する「信号」の合致こそがすべて。お互いの多大な需要と、それに応えうる圧倒的な供給。この絶望的なまでの「価値観の一致」こそが、僕たちの絆の正体だった。


「瑛理香さんも、お姉ちゃんも、一条さんの……その、『多すぎる量』には耐えられない。でも、私なら……」

「ああ、君だけだ。僕の飢えを、日常として受け止められるのは」


 陽葵の肌は、触れるたびに熱を増し、僕が吸い上げても吸い上げても、枯れることなく次の波を送り出してくれる。

 それは向日葵が太陽を必要とするように、あるいは太陽が自らを燃やし続けるために水素を求めるように、抗いようのない自然の摂理。


 僕たちは、高級な贈り物も、華やかな告白も必要としていなかった。

 ただ、この路地裏で肌を寄せ合い、互いの本能が「最適である」と叫ぶ、何気ない接触。それこそが、僕たちが異性に求める唯一にして絶対の条件。

 

「一条さん……明日も、明後日も、ちゃんと私を『補給』してね? じゃないと私、他の誰にも触れられなくなっちゃう……」


 震える陽葵の唇を、僕は再び塞いだ。

 四人とのリレーで一時しのぎをしていた自分が滑稽に思える。

 僕の壊れた天秤を水平に保てる重石は、この世界に、瀬那陽葵という少女しか存在しないのだ。


 遠くで響く車の走行音も、街の喧騒も、今の僕たちには届かない。

 ただ、二人の共鳴音だけが、路地裏の闇を贅沢に満たしていた。

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