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嵐の情熱

 二月十四日の夜。最後の一人が、鳳家の巨大な屋敷のバルコニーで僕を待っていた。

 鳳瑛理香おおとりえりか。この数ヶ月、偽りの恋人として、誰よりも近くで火花を散らしてきた相手。


「遅いわよ、零。……ほら、受け取りなさい。捨てるなら今のうちよ」


 突き出された箱の中には、形がいびつで無骨なチョコレートが入っていた。不器用な彼女が、プライドを押し殺して必死に練り上げたであろう熱量の結晶。

 口に含んだ瞬間、暴力的なまでのカカオの香りと、突き抜けるような「生命の熱」が脳を直接揺さぶった。


「あんた……。偽装だろうが何だろうが、今のあんたの隣は私なの。文句があるなら、実力でねじ伏せてみなさいよ」


 宣戦布告と同時に始まった接触は、まさに「嵐」だった。

 瑛理香の肌は常に沸騰しているかのように熱い。彼女の動きは優雅さからは程遠く、僕のエネルギーを奪うのではなく、彼女自身の過剰なエネルギーを僕に叩きつけてくるような衝突。

 

 一回、二回。

 冬の夜気を蒸発させるほどの熱量。瑛理香は、僕という底なしの器を、自らの情熱だけで満たそうと躍起になっていた。彼女のプライドが、僕に「物足りない」と言わせることを許さないのだ。

 だが、三回目を終える頃、あれほど高飛車だった彼女の肩が、激しく上下し始めた。


「はぁ、はぁ……嘘でしょ、あんた……。まだ、平気そうな顔してるなんて……」


 瑛理香の瞳に、困惑の色が走る。

 彼女は完璧なヒロインだ。一回の質も、放つ熱量も、他の追随を許さない。だが、僕が求めているのは、一時的な爆発ではない。二十四時間、途切れることなく供給され続ける「日常の物量」なのだ。


 しかし、今日一日の流れを振り返れば、さすがの僕も物理的な満足感に包まれていた。

 萬里花の毒、冴の静寂、結衣の聖域、そしてこの瑛理香。

 それぞれが異なる形で差し出してきた極上の「質」を、僕は一日かけて順番に受け取ってきた。結果として、今日一日の総量カウントは、僕の渇望を沈めるのに十分なラインに達していた。


「……悪くない。いや、最高だよ、瑛理香」


 僕は彼女の震える肩を抱き寄せ、その熱を全身で受け止める。

 正直、これもありかもしれない、と僕は思い始めていた。

 一人の女性では、僕の抱える業とも言える「物量」を支えきることはできない。だが、こうして複数のヒロインと関係を重ね、それぞれの個性を積み上げていけば、僕の「零」という空洞はこれ以上ないほど贅沢に埋め尽くされる。


 一人の聖域(結衣)では足りず、一人の情熱(瑛理香)でも枯渇する。ならば、その全てを享受することで均衡を保つ。そんな欲張りで不遜な形が、自分という人間に最も適した「充足」の在り方なのではないか。


 瑛理香の熱に浮かされながら、僕は一瞬、このまま「偽りの恋」の延長線上にある、複数の相手との共振に身を任せる未来を肯定しそうになった。


「……ねえ、零。あんた、今……何を考えてるの?」


 瑛理香が不安げに僕を見つめる。

 僕は答えず、ただ彼女を強く抱きしめた。今日一日の「完走」が生み出した、かつてないほどの穏やかな時間。

 

 嵐のようなバレンタインの夜が更けていく。

 僕は、この積み重ねられた温もりの中で、一つの可能性を噛みしめていた。

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