聖域の献身
放課後の屋上。茜色に染まり始めた世界の中で、瀬那結衣は震える手で小さな箱を差し出してきた。
それは、彼女の純粋さをそのまま形にしたような、驚くほど丁寧で繊細なデコレーションが施された手作りチョコだった。
「零くん……その、あんまり自信ないんだけど。食べて、くれるかな?」
一口、口に含む。
……美味い。震えるほどに。
萬里花の毒のような重さも、冴の薬のような冷たさもない。結衣のチョコは、荒れ果てた僕の精神を全肯定してくれるような、慈愛に満ちた味がした。
「これを食べて満足できない自分がおかしい」
そう自らを激しく責め立てるほど、結衣の善意は無垢で、僕を打ちのめしていく。
彼女は、僕が今日すでに複数の女性から「補給」と称した略奪を受けていることなど露知らず、頬を染めて僕を見つめている。その清らかな視線に耐えきれず、僕は衝動的に彼女の細い肩を抱き寄せた。
屋上の給水塔の陰。誰にも見られない場所で、僕は「初恋の相手」だったはずの彼女の肌に触れる。
結衣の身体は、羽毛のように柔らかく、どこまでも心地よい。
「質」という面で見れば、彼女は間違いなく最高峰だ。彼女との接触は、魂を浄化されるような深い安らぎを僕に与えてくれる。
一回、二回……。
しかし、結衣の限界はあまりにも早く、そしてあまりにも美しく訪れた。
「……ぁ……ごめん、なさい、零くん。私……もう、力が……入らなくて……」
彼女は幸福感に包まれたまま、僕の腕の中で力尽きるように目を閉じた。
彼女にとって、愛とは「心を満たすための結晶」だ。だから、心がいっぱいになれば、身体はそれ以上の接触を必要としなくなる。それが正常な人間の、あるべき姿なのだ。
だが、僕の細胞は、依然として眠ったままだった。
精神的な充足とは裏腹に、剥き出しの肉体は「もっとだ、まだ足りない」と、燃え盛る火にガソリンを注ぐような飢餓を叫び続けている。
結衣という聖域は、僕の業である「膨大な回数」というノルマを支えきるには、あまりに繊細で、あまりに高潔すぎた。
「……ごめん。ごめんね、結衣ちゃん」
眠る彼女にマフラーをかけ、僕は屋上を後にした。
背徳感で胸が潰れそうになる。理想の女性から、最高の愛を、最高の方法で与えられた。なのに、身体の渇きが収まらない。この異常な「量」の不一致こそが、僕たちが運命ではないことの、何より残酷な証明だった。
階段を一人、重い足取りで降りていく。
萬里花、冴、そして結衣。
誰もが僕を愛し、その持ちうる限りの全てを差し出してくれた。それなのに、僕の身体は未だに空虚な音を立てて鳴っている。
この「量」を、一体誰が埋めてくれるというのか。
一人歩く廊下で、僕は自らの手のひらを見つめた。そこにはまだ結衣の温もりが残っているはずなのに、僕の指先は、さらに激しい共鳴を求めて、無意識に陽葵の幻影を追って震えていた。




