暗がりの告白(本能の吐露)
学園祭の喧騒が、遠くの波音のように引いていく。
キャンプファイヤーの残火が時折、爆ぜる音だけが、僕たちの沈黙を繋ぎ止めていた。
僕は、校舎の陰、陽の当たらない冷たいコンクリートの片隅に、陽葵を呼び止めていた。さっきのフォークダンスで触れ合った手のひらの熱が、まだ心臓を焦がし続けている。
「……どうして、君なんだ」
絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
目の前に立つ彼女は、姉の結衣に似た面影を残しながらも、決定的に違う野生の光を瞳に宿している。
瑛理香との「激痛」を伴う熱も、結衣との「聖域」のような穏やかさも、僕の中の『零』を埋めることはできなかった。それなのに、この少女と指先を重ねただけで、狂っていた僕のバイオリズムが嘘のように凪いだのだ。
陽葵は俯き、自分の制服の裾をぎゅっと握りしめていた。その指が小刻みに震えている。
「一条さん……。あんたは、ずるいわ」
彼女の声が、静まり返った夜の空気に染み込んでいく。
「姉さんのことも、鳳さんのことも、あんなに大切そうにしているくせに……。どうして、私にまでこんな『当てて』くるのよ。あんたの鼓動、うるさすぎて……こっちまでおかしくなりそうなの」
彼女が顔を上げた。その頬は赤く火照り、瞳には涙にも似た、剥き出しの「渇望」が浮かんでいた。
「私……、ずっと怖かった。自分が普通じゃないってこと。朝起きて、昼を過ぎて、夜が来るまでに、何度も、何度も……。最低でも一日に三回は、誰かに心の底から触れてもらって、エネルギーを分け合わないと……自分が空っぽになって、壊れそうになるの」
衝撃が走った。
それは、僕自身が抱え、誰にも言えずにいた「飢餓」そのものだった。
ゼネコンの跡取りとして、完璧な構造物(一)であることを強いられ、内面が空(零)に帰していく恐怖。それを埋めるために肉体が本能的に求めてしまう、過剰なまでの共鳴。
「……僕もだ、陽葵」
僕は一歩、彼女との距離を詰めた。
「誰と触れても、どこか違っていた。何かが足りなかった。でも、君と手を繋いだとき、初めて自分の欠落が埋まる音がしたんだ」
暗がりの中、二人の距離がゼロになる。
彼女の吐息が僕の首筋にかかり、僕の熱を彼女がすべて吸い取っていく。同時に、彼女の生命力が僕の血管に注ぎ込まれる。
「あんたも、私と同じなのね……」
陽葵が僕の胸に顔を埋めた。
それは約束の鍵でも、家の宿命でもない。
ただ、同じ飢えを抱えた獣同士が、暗闇で見つけ合った瞬間の、絶望的なまでに美しい「本能」の吐露だった。




