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姉への背徳、強奪の代償

 校舎の裏に落ちる影は、キャンプファイヤーの熱を拒絶するように冷たく、深い。

 先ほどまでのダンスの喧騒が嘘のように遠のき、耳を澄ませば聞こえてくるのは、僕の、そして僕の胸に顔を埋める陽葵の、狂おしいほど同期した鼓動だけだった。


「……一条さん。これ、姉さんが見たら、どう思うかな」


 陽葵の掠れた声が、僕のシャツ越しに心臓を刺す。

 姉である瀬那結衣。彼女は僕を「正しい人間」だと信じ、その清らかな愛で僕を包もうとしていた。だが、その「清らかさ」は、僕の中の飢えた獣にとっては、毒にも等しい救いだった。


 陽葵が、僕の胸を押し返すようにして顔を上げた。その瞳には、姉への申し訳なさと、それを凌駕する「生存本能」、そして自らの行為に対する残酷なまでの理解が灯っていた。


「……私、最低だわ。姉さんがどれだけあんたを大切に思ってるか知ってるのに。……でも、知ってる? 私がこうやってあんたを『食べて』、あんたを正気に戻してあげてるから、あんたは姉さんの前で『優しい一条零』を演じていられるのよ」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。

 陽葵は、僕と自分の「適合」を単なる救済だとは思っていない。

 僕が陽葵という「真実」で空腹を満たし、その残滓ざんしとして残った、意志も生命力もない「偽物の平和」を結衣に与えている。陽葵は姉から、僕の魂の最も核心的な部分を、今この瞬間も簒奪しているのだ。


「……僕が、結衣に優しい言葉をかけるたびに、それは君の体温の『お下がり』だってことか」


「そうよ。……ねえ、一条さん。私に抱かれながら、姉さんのこと考えて。あんたが私に溺れれば溺れるほど、姉さんには中身のない『抜け殻』が返っていく。……その絶望を、私と一緒に背負ってよ」


 陽葵の手が、震えながら僕の首筋に伸びる。

 指先が触れた瞬間、パチリと火花が散ったような錯覚に陥った。結衣に感じていた崇高な愛は、この瞬間、陽葵という実存的な「相性」と、その裏にある加害的な快楽の前に、あまりにも無力な理想論へと成り下がっていく。


「……僕たち、本当の意味で共犯者なんだな」


 僕は彼女の腰を抱き寄せた。

 結衣の顔が脳裏をよぎる。その影を感じることが、余計にこの接触の濃度を跳ね上げる。

 陽葵によって「一」へと再構築されるたびに、僕の中の「結衣を愛する資格」が死滅していくのが分かった。


「ねえ、一条さん。……今日から、姉さんには内緒で、私を『補給』して。私がいないと生きられない身体にしてあげるから」


 それは契約だった。

 姉からすべてを奪い取り、その罪の意識を燃料にして、僕たちの命を燃やし続けるという契約。

 

 暗闇の中、僕たちの呼吸が混ざり合い、初めて「生存のための接触」が深く、深く刻まれていった。

 遠くで火が消える音がした。だが、僕たちの内側に灯ったこの「簒奪」という名の執着は、もう二度と消せそうになかった。

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