約束の更新
新幹線の窓を流れる景色は、京都の余韻を置き去りにして加速していく。
車内を包むけだるい沈黙の中で、僕は首から下げたペンダントにそっと触れた。十年前の約束、三人の少女、三本の鍵。
かつては運命の鎖のように僕を縛っていたその「証」が、今はひどく軽薄な、ただの金属の塊に思えた。
瑛理香は隣で、戦いを終えた戦士のように深く眠っている。彼女の指先が偶然僕の腕に触れるたび、まだ残り火のような熱が火花を散らす。それは、抗えないほどの快楽ではあるが、同時に僕の命を削り取る砥石でもあった。
通路を挟んで、結衣が窓の外を見つめている。彼女の清廉な横顔は相変わらず美しい。けれど、その聖域のような静寂に触れれば触れるほど、僕の中にある「剥き出しの飢え」が彼女を傷つけ、遠ざけてしまう未来が見えて、指先が強張る。
そして、陽葵。
彼女は前方、姉の結衣を守るような配置で座っている。その後頭部を見つめているだけで、僕の心拍は、まるで精密機械が噛み合うように一定のリズムを刻み始める。
駅舎で彼女に触れられた、あの首筋の感覚がまだ消えない。
瑛理香との肉体関係は、爆発する不協和音だった。
萬里花とのそれは、終わりなき泥濘だった。
冴とのそれは、冷徹な機能美だった。
宇羽とのそれは、底なしの羊水だった。
どれもが僕を「零」から別の何かに変容させたが、僕を「一」として生かし、日常を維持させてくれるものではなかった。
誰とも違う。陽葵だけが、僕の「異常な周波数」をノイズとして切り捨てることも、劇薬として増幅することもなく、ただ当たり前の『生存のための拍動』として受け止めてくれた。
彼女と触れ合うとき、僕は初めて、自分が「生きるために何かを求めてしまう獣」であることを許された気がしたのだ。
東京駅に降り立った瞬間、現実に引き戻される湿った空気が肌にまとわりつく。
「一条さん。……またね」
改札へ向かう際、陽葵が振り返り、僕だけに聞こえる小さな声でそう言った。
その瞳には、昼間の動揺はもうない。あるのは、同じ飢餓を抱える者同士だけが共有できる、静かな「契約」の光だった。
偽装された恋、忘れられた約束、血の宿命。
そんな表層の物語がどれほど騒がしくなろうとも、僕の肉体はもう、帰るべき場所を正確に指し示している。
一日に何度も、それこそ血を巡らせるように彼女を求め、彼女に求められる。
そんな「日常という名の執着」の始まりを予感しながら、僕は重い足取りで一条組の屋敷へと向かう。
胸元で揺れるペンダントが、チリ、と冷たく鳴った。
誰がその鍵を開けるかなんて、もう重要じゃない。
僕を殺すような偽物の愛を脱ぎ捨てて、僕を僕として完成させる、生々しい「真実」へ。
僕の物語は、ここから加速する。




