不便だからこそ、美味い!
追撃部隊を峡谷の地形で振り切ったのは、日が傾きかけた頃だった。
黒煙で真っ黒になった機体を、テクニカルは荒野の窪地に潜り込ませ、巨大なディーゼルエンジンをアイドリングまで落とす。ドドド、という鼓動が、ふう、と息をつくみたいに静まっていった。
「エンジンの排気、少し濁ってたな」俺は甲板の隙間から機関室を覗いた。「峡谷で黒煙全開にしたせいだ。後で燃焼室のカーボン、落とさないと」
「坊主、お前、本当に機械が好きだな」モーリスが呆れたように笑った。「まあ、ありがたいがな。整備の手は、いくらあっても足りん」
そして、飯の時間になった。
整備甲板の一角。ドラム缶を切り開いた炉に炭が真っ赤に熾され、鉄網の上で塩漬けの肉が、じゅうじゅうと脂を弾けさせている。電気冷蔵庫の死んだこの世界では、食料の保存は塩漬け、燻製、発酵、乾燥が基本だ。
「ほら、嬢ちゃんたちも食いな。今日はよく走った」
オードリーが串に刺した肉を差し出した。俺は慣れた手つきで受け取る。だがさぎりは、その黒く焦げた肉塊を、まるで未確認生物でも見るような目で凝視していた。
「……これ、食べるの?」
「なんだ、腹減ってないのか?」
「食事なら、ST時代の栄養カプセルの方が合理的だよっ」さぎりは、腕を組んで、ふんっと鼻を鳴らした。「必要な栄養素を過不足なく内包。無味無臭、消化吸収効率99.2パーセント。こんな、焦げた動物の筋繊維をあぶっただけの原始的な食べ物なんて——」
言いながら、さぎりのお腹が、きゅうぅ、と情けない音で鳴いた。
沈黙。
「……い、今のは、内臓の生理現象なのっ。さぎりの意志とは無関係で……!」
「いいから食え」
俺は笑って、串を彼女の口元にずいと押しつけた。さぎりは眉をハの字にしながら、空腹には抗えず、おそるおそる焦げ目の端に、ちいさな歯を立てる。
その瞬間だった。
さぎりの瞳が、限界まで見開かれた。
「——っ!!」
じゅわり、と、炭火で閉じ込められた肉汁が口の中で弾けたのだろう。彼女は目を白黒させ、頬をリスみたいに膨らませ、そして——ぼろぼろと、大粒の涙をこぼし始めた。
「さ、さぎり!? まずかったか!?」
「ちがっ……ちがうもんっ……!」
さぎりは、肉にかぶりついたまま、ぐしゃぐしゃの顔で叫んだ。
「ふ、不便な、くせにっ……! なんで、なんでこんなに、おいしいのぉ……! カプセルには、こんな音、なかったよぉ……! じゅわって、香ばしくて、脂が舌でとろけて……! さぎり、15年生きてきて、こんなおいしいもの、知らなかったっ……! ずるいよぉ……!」
彼女は涙と肉汁をぐちゃぐちゃに混ぜながら、2本目の串に手を伸ばした。
オードリーがけらけら笑い、モーリスがしみじみ頷く。無口なルークすら、口の端をわずかに緩めた。
俺は、その姿を見ていたら、なんだか胸の奥がじんわり温かくなった。
世界の何もかもを、その小さな頭に詰め込んでいるこいつが。たかが焼いた肉1切れの味を、今この瞬間、初めて知って、泣いている。
「……おいしいだろ」
「……おいしいっ。悔しいけど、おいしいのっ」
さぎりは口の周りを脂でてらてら光らせながら、ふにゃっと笑った。炭火の灯りに照らされて、その笑顔は、街灯みたいにあたたかい。
「ねえ、ぱーちゃん」
「ん?」
「明日も……作ってくれる? この、お肉」
「おう。いくらでも焼いてやるよ。なんなら燻製の作り方も、オードリーさんに習って教えてやる」
「っ……ほんと? ぜんぶ、覚えるっ。ぱーちゃんが教えてくれること、1つ残らず、ぜんぶ、大事にするからっ」
こくり、と頷くその様子は、まるで宝物を記憶に刻みつけるみたいだった。
この、あたたかい夜が。あと数時間で砕け散るなんて、この時の俺は、まだ知らなかった。
夜半。哨戒に立ったルークが、闇の彼方を見つめて、静かに呟いた。
「……エンジン音。6つ。追撃部隊とは違う。もっと、でかい」




