超大型移動基地『バケットホイール・テクニカル』
「まずいよ、ぱーちゃん」さぎりが、土煙を見て、掠れた声で言った。「あの間隔、あの数……中隊規模なの。少なくとも12機。ぱーちゃんの残弾は6発。さぎりの計算をもってしても、まともにやり合ったら、5分も保たないよっ」
「わかってる! でも逃げ場が——」
その時、地面が揺れた。
地震じゃない。もっと連続的で、大地そのものを削り取るような、途方もない振動。
俺たちの背後、瓦礫の丘の向こうから、それはゆっくり姿を現した。
山だ。動く、鉄の、山。
全高、ゆうに30メートル。鉱山採掘用のバケットホイールエクスカベーター——その巨大な掘削アームをもぎ取った跡に、整備クレーンと対空砲座を植え付けた、途方もない陸上構造物。無数のキャタピラが地面を噛み砕き、幾本もの排気煙突が黒煙を天へ吐き出している。
「わ、わ……っ」さぎりが、俺の後ろで、目をまんまるにした。「すごいっ……鉱山機械を、移動基地にしちゃったの!? Bagger 288級の掘削機を、こんなふうに転用するなんて、さぎりのデータベースにも記録ないよっ。えへへ、わくわくするっ」
「感心してる場合か!」
「移動基地『バケットホイール・テクニカル』ッ!」
装甲板の隙間の拡声器から、しわがれた声が降ってきた。
「乗るか、死ぬか! 2秒で選べ、小僧ども! タラップ下ろすぞォ!」
鋼鉄のタラップが、砲弾みたいな勢いで目の前に叩きつけられた。俺はさぎりの手を掴んで、無我夢中で駆け上がる。背後で追撃部隊の砲弾が着弾し、さっきまでの地面が消し飛んだ。
タラップが巻き上げられ、俺たちは鉄の腹の中へ転がり込む。
「間一髪だなァ、坊主」
迎えたのは、無精髭の中年男だった。だらしなく着崩した飛行服。だが眼光だけは、鷹みたいに鋭い。
「モーリス・ガルシア。この鉄クズ号の隊長で、しがない元パイロットだ。TACネームは"ハンマー"だ」
「パティです。こっちは、さぎり」
「爆薬のことなら、このアタシに聞きな!」
火薬の匂いをさせた豪快な女性——オードリー・グランビルが顔を出す。その後ろには、山みたいに大きな無口な男、ルーク・サンソノフが、腕を組んで立っていた。
「さて」モーリスが、値踏みするように笑った。「ローク大佐が中隊まで出す嬢ちゃんだ。さぞかし高く売れるんだろうなァ?」
「モーリス!」オードリーが肘で小突く。
さぎりが、びくりと震えて、俺の背中に隠れた。フードを目深にかぶって、俺の作業着を、ぎゅうっと握りしめる。
「……さぎりのこと、売らないで。ぱーちゃん、離れないで……っ」
俺は、その小さな手を、そっと握り返していた。
「悪いけど、こいつは売り物じゃない。俺が、責任持って守る」
格納庫が、しん、と静まる。
「……はぁ?」オードリーが目を丸くした。「あんた、会ったばかりの子に、ずいぶんな入れ込みようだねェ」
「べ、別にそういうんじゃ——」
「そういうんじゃないもん!」
さぎりと声が重なって、俺たちは同時に赤くなった。
モーリスが、腹を抱えて笑い出す。
「はっはァ! いいだろう、坊主。その青臭い覚悟に免じて、乗せてやる。飯代と燃料代は、その手で働いて返せよ。見たところ、整備はできる口だろう」
「……ああ。それだけは自信がある」
「あの、大きい人は……?」さぎりが、俺の背中から、ちらりとルークを覗いた。
「ルークだ。東欧生まれの変わりもんでな」モーリスが肩をすくめた。「口はきかねえが、腕は確かだ。大型ディーゼルの不調を、排気音だけで当てる。この鉄クズが動いてるのは、半分あいつのおかげよ」
ルークが、ちらりとこちらを見た。そして、俺の油まみれの手を見て、ほんの少しだけ頷く。同じ機械いじりの人間だと、認めてくれたのかもしれない。
だが、その静かな空気は、けたたましい警報に断ち切られた。制御盤に真っ赤なランプが灯る。それまで沈黙していたルークが、初めて重い口を開いた。
「……追撃部隊。速い。もう、真後ろだ。この鉄クズの鈍足じゃ、振り切れん」
テクニカルが、大きく身を震わせる。203ミリ級の砲弾が、装甲のすぐ横をかすめた音だ。
「モーリスさん!」俺は叫んだ。「この基地、後部の排熱ダクトから黒煙を最大放出できるか!? ディーゼルの不完全燃焼を、わざと起こすんだ! 煙幕代わりになる!」
「ほう? 坊主、それだとエンジンに負担が——」
「2分だけでいい! その間に、あの涸れ川の峡谷に逃げ込めば、追撃部隊は隊列を組めない! 1機ずつしか来られなくなる!」
「……嬢ちゃん、こいつの言うこと、合ってるか?」
さぎりが、素早く頭の中で地形図を照合した。青い瞳が、きらりと光る。
「合ってるよっ。峡谷の幅、最狭部で8メートル。追撃部隊の機体幅は3メートル。隊列は確実に崩れるの。えへへ、ぱーちゃん、あったまいいっ」
「はっはァ! 気に入った! 全機、黒煙全開! 峡谷へ突っ込むぞォ!」
テクニカルの排気煙突が、どす黒い煙を天へ噴き上げた。鋼鉄の巨体が、黒い霧に包まれながら、涸れ川の峡谷へと、その巨体をねじ込んでいく。
俺たちの逃亡の旅は——こうして、最悪の追走劇から幕を開けた。
そして俺は、まだ知らない。この青い髪の少女の頭の中に眠る「秘密」が、やがて世界そのものを揺るがすことになるなんて。




