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陽葵の確信

 修学旅行最終日、人波に揉まれる京都の駅舎。

 昨夜、瑛理香エリカの「嵐」に当てられ、僕の神経はひどく摩耗していた。過剰な熱量は、僕の心臓を無理やり駆動させ、全身の細胞を焼き尽くさんばかりに酷使した。視界が白く霞み、平衡感覚が消失していく。


「一条、さん……?」


 雑踏の中で膝を突きそうになった僕を支えたのは、華奢な、けれど驚くほどしっかりとした手だった。

 顔を上げると、そこには不機嫌そうに、それでいてどこか狼狽した表情の陽葵ひまりがいた。


「……また、そんな無様な顔して。お姉ちゃんを心配させたいわけ?」


 毒づきながらも、彼女は僕を人混みの端にあるベンチへと引きずっていった。

 彼女の小さな手が、熱を測るように僕の首筋に触れる。


 ――その刹那だった。


 ドクドクと不規則に、暴力的なまでに暴れていた僕の心拍が、彼女の指先が触れた箇所から、波紋が広がるように静まっていく。

 瑛理香の火傷しそうな熱でもない。結衣の触れているのかさえ分からない静寂でもない。

 陽葵の肌は、僕という不完全な回路に、たった一つの正解を書き込むかのように「浸透」してきた。


「っ……」


 思わず、僕は彼女の手首を掴み返していた。

 驚いた陽葵が僕の目を見つめる。

 一分間に百回を超えていたはずの僕の脈拍が、嘘のようにピタリと、彼女の規則正しいリズムへと吸い寄せられていく。それはまるで、激しい嵐が過ぎ去った後の、恐ろしいほどに澄み切った凪のようだった。


 呼吸が深く、楽になる。

 霧が晴れた視界の中で、陽葵の瞳だけが鮮明に映る。


「……あんた、私と同じなの?」


 陽葵が、震える声で呟いた。

 彼女の掌からも、同じ震えが伝わってくる。

 彼女もまた、姉や他の誰にも言えない「剥き出しの飢え」を抱え、それに適合する相手を本能的に嗅ぎ分けていたのだ。


 僕たちは、言葉を失った。

 周囲の喧騒が遠ざかり、互いの血管を流れる血液の音だけが共鳴している。

 

 瑛理香との接触が「戦い」であり、結衣とのそれが「祈り」であるとするならば、陽葵とのこの感覚は、紛れもなく「生存」そのものだった。

 一日に何度も、それこそ呼吸を繰り返すように彼女の存在を求めなければ、僕という個体は維持できない。そんな呪いのような、けれど甘美な確信。


「……最低。あんたもお姉ちゃんも、みんな、バカみたい」


 陽葵は弾かれたように手を離したが、その顔は、自らの本能が下した残酷な結論に、赤く染まっていた。

 彼女は僕に背を向け、雑踏の中へと消えていく。


 残された僕の首筋には、彼女が触れていた場所だけが、いつまでも心地よい温度を保っていた。

 

 僕は知ってしまった。

 三本の鍵のどれを差し込んでも、この扉は開かない。

 僕を「零」から解放し、真の意味で完成させるピースは、今、逃げるように去っていったあの少女の中にしかないのだ。

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