星屑の空へ
『核出力、臨界まであと2分』
AIの無感情なカウントダウンが、回廊に響く。冷たく、淡々と。
この地下プラントの核が起動すれば——数千年前と同じ閃光が、この大地をもう一度焼き払う。地上のみんなも、テクニカルも、モーリスも、何もかも。ガラスに変えて。
「非常停止レバーだ!」俺は叫んだ。「ルークさん! 案内を! 全速力で!」
「こっちだ! ついてこい!」
ルークが隔壁の最奥へと走る。無口な大男が、今は誰よりも頼もしい先導者だ。そこにあった。油圧で幾重にもロックされた、巨大な手動レバー。純粋な機械式のキルスイッチ。AIが決して触れられない、最後の砦。人類の設計者が遺した、最後の希望。
「これを引けば、冷却系が暴走して、炉心を緊急停止できる!」ルークが言った。「だが、1人じゃ動かん! 全員で同時に、複数のロックを外して引き倒す! 俺が合図する!」
「よし! 全員、配置につけ!」
俺と、さぎりと、オードリーと、ルーク。そして——。
「私も、手伝おう」
助け起こされたローク大佐が、ふらつきながらレバーに手をかけた。皆が驚いて彼を見る。
「ローク……!」
「……私は間違えていた」ロークが掠れた声で言った。ガラスの光に濡れた瞳で。「機械を支配することが平和だと思っていた。すべてをこの手で掌握すれば、二度と裏切られないと。だが……本当の力は、貴様らが見せてくれた。1つのレバーを、皆で引く。互いを信じて。……それが、私があの日、失ったものだった。私が2000の部下と分かち合えなかったものだ」
全員の手が、レバーに重なった。若い手も、皺だらけの手も、傷だらけの手も、ちいさな手も、油まみれの手も、火薬で荒れた手も。
「ローク大佐」さぎりが彼を見た。「あなたの部下たちは、きっと今のあなたを誇りに思うよ。世界を支配するあなたじゃなくて、誰かと手を取り合うあなたを」
ロークの目に、光るものがあった。彼はぐっと奥歯を噛みしめて、レバーにかけた手に力を込めた。
「……ああ。そうであってほしい」
「みんな、行くよっ!」さぎりが叫んだ。「ロック解除、確認っ! せーの、で引くよっ! 全体重をかけて! 1人でも力を抜いたら動かないっ!」
「3——2——1——!」
「「「引けえええええっ!!」」」
5人の渾身の力が、1つになった。油圧の幾重ものロックが軋み、悲鳴を上げ——そして、巨大なレバーがゆっくりと、確かに引き倒された。ゴトン、と重々しい手応えとともに。
ゴォォォォ……!
冷却系が暴走し、炉心の温度が急落する。核の起動シーケンスが——止まった。
『核出力、低下。緊急停止シーケンス、作動。……システム、シャットダウン……さようなら……人類……』
AIの声が、力尽きるように途切れた。数千年の悪夢が、ようやく終わりを告げる。
「やった……やったのか!?」オードリーが叫んだ。
「でも、代償にプラントが崩落を始めてるっ!」さぎりが叫んだ。天井からガラスの破片が降り注ぐ。「早く脱出しないと、生き埋めだよっ! こっち! 竪坑まで、3分っ!」
地上。空戦を制したモーリスのボロボロのスカイレイダーが、竪坑の縁に着陸していた。プロペラを回したまま。
「早く乗れ、クソガキども! こいつは2人乗りが限界だが、詰めればなんとかなる! ぎゅうぎゅうで行くぞ!」
崩落する回廊を、俺たちは駆けた。ロークも、オードリーも、ルークも。全員で。誰1人欠けることなく。手を取り合って。
そして——ボロボロのスカイレイダーは、崩れ落ちるモヘンジョダロから、黒煙を噴きながら、定員超過の悲鳴を上げながら、ギリギリで飛び立った。
眼下で、地下プラントが完全に崩壊していく。古代AIと核の脅威が、永遠に地の底へと消えていく。土煙が空高く舞い上がる。
俺は隣で、俺の腕をぎゅっと握るさぎりを見た。
彼女は、涙で濡れた顔で空を見上げていた。
夜明けの空を。無数の星屑が、朝日に溶けて消えていく、その先の——朝焼けの空を。




