歯車要塞の暴走
「さぎり、危ない!」
俺は飛び出した。彼女と銃口の間へ。ロークの引き金が絞られる。
だが——銃声は鳴らなかった。
その瞬間、回廊全体が激震したのだ。ズウゥゥゥン、と。
制御を失った古代AIが、暴走を始めた。電子基板を一切使わない、AIの最後の物理的な防衛システム——巨大な水圧と、ピストンと、鋼鉄製の鋸歯で構成された、古代の機械式防衛機構が、一斉に起動した。EMPでも壊れない、純粋な機械の牙が。
ロークの足元の床が、せり上がった鋸歯の回転とともに砕け散る。彼は拳銃を取り落とし、崩れる床に必死にしがみついた。
「うわああっ!」
「ローク!」
俺は迷わなかった。彼の腕を掴んだ。あれほど俺たちを苦しめた、憎い敵の腕を。それでも、目の前で人が墜ちるのを見過ごせなかった。
「な、なぜ助ける……!」ロークが呻いた。信じられないという顔で。「私は貴様らの敵だぞ……! 貴様を撃とうとした男だ……! 何度も殺そうとした!」
「知るか! 目の前で人が墜ちるのを、見過ごせるかよ! それが俺たちのやり方だっつってんだろうが!」
「合理的では、ない……! 私を見殺しにすれば、貴様らの脅威は1つ減るのだぞ……!」
「だから、合理とか損得とか、そういうのやめろっつってんだ!」俺は腕に渾身の力を込めた。「あんたの部下は、あんたを助けようとした時、損得なんか計算したか!? 違うだろ! 仲間だから、助けようとした! それだけだろ!」
ロークの目が、かっと見開かれた。何かを思い出したように。あの日、暗闇の中で、最後まで彼を守ろうとした部下たちの顔を。
「……っ」
「あんたも同じだ! あんたは部下を見捨てられなかった! だからこんなに苦しんでる! あんたは本当は、誰よりも損得で動けない人間なんだよ!」
俺は歯を食いしばって、ロークを引き上げた。ルークの巨腕が加勢する。俺1人じゃ届かなかった腕を、2人でようやく崩れる床から引きずり上げた。
だが、機械式防衛システムは容赦なく襲いかかってきた。天井から、床から、壁から。巨大な鋼鉄の鋸歯が、周期的に回廊を薙ぎ払う。ガラスの壁を削りながら。
「ぱーちゃん! この鋸歯、規則的に動いてるっ!」さぎりが叫んだ。目にも止まらぬ速さで周期を読み取って。「回転周期、3.2秒っ! 完全に機械式だから、リズムが狂わないの! 死角は、歯と歯の噛み合う根元っ! その1点だけ、刃が届かないっ!」
「わかった! なら、止めてやる!」
俺はその鋸歯の回転を読んだ。3.2秒。整備で無数のギアを見てきたこの目で。歯車のリズムを体で覚える。呼吸を合わせる。心臓の鼓動を、機械の周期に同調させる。
「1つの歯車を止めれば、全体が連鎖で噛み込む! オードリーさん、一番でかい駆動ギアの根元に爆薬を!」
「もう貼ってあるさ!」オードリーがにやりと笑った。「あんたが指示する前にね! 火薬屋を舐めるんじゃないよ!」
「ルークさん、俺のパイプレンチを! 一番負荷のかかってる駆動ギアに打ち込む! 一緒に!」
俺は鋸歯の死角を縫って走った。3.2秒の周期の狭間を、かいくぐって。刃が通り過ぎた一瞬の間隙を駆け抜ける。そして駆動ギアの歯と歯の根元に、渾身の力でパイプレンチを叩き込んだ。ルークの巨腕も同時にそれを押し込む。
「これが、俺の物理ハッキングだ!」
歯車がパイプレンチを噛み込む。ギチギチ、と金属の悲鳴。異物を噛んだギアが悲鳴を上げる。そこへ、オードリーの手動信管の爆薬が炸裂した。ドンッ、と。
最大の駆動ギアが歯欠けを起こす。連鎖的に、すべての鋸歯が噛み合い、ロックし——ぴたりと沈黙した。回廊に静寂が戻る。
「……やった。止まった……!」
だが、安堵する間もなかった。
地の底から、これまでで最大の地鳴りが湧き上がる。回廊の赤い明滅が、ほとんど連続した真紅に変わった。さぎりが蒼白になる。
「まずいよ、ぱーちゃん! 防衛システムを止めたことで、AIが最後の手段に出たっ! 自己を守るための時間稼ぎを諦めたの! 核の起動シーケンスが、最終段階に入ったっ! もう猶予は、ほとんどないっ!」




