↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】完全記憶少女を拾ったら懐かれた件 ~EMPで文明が滅んだので、整備士の俺と終末で最強バディやってます~  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
モヘンジョダロの因果と空の覇者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/32

不完全なリアルを笑え!

現実の、ガラスの回廊。


さぎりは俺の腕の中で、目を閉じたまま、ぴくりとも動かなかった。呼吸はある。でも、彼女の意識はAIの張った完璧な楽園の罠に囚われている。遥か遠くの光の海に。


「さぎり! 戻ってこい!」


叫んでも届かない。彼女の魂は電子の海の遥か底だ。


「無駄だ」ロークが冷ややかに言った。「AIとの対話に入った者は、二度と戻れん。その少女はもう、生体データベースとしての役目すら終えた。抜け殻だ」


「うるせえ!」


俺は工具箱をひっくり返した。がしゃん、と中身が床に散らばる。何か方法があるはずだ。こいつに届く方法が。俺の得意な、泥臭いやり方で。


「ルークさん!」俺は叫んだ。「さぎりの後頭部の受信端子——あれ、双方向だよな!? 受信できるなら、送信もできるはずだ!」


「……ああ」ルークが頷いた。「受信も送信もできる構造だ。だが——」


「なら!」


俺はテクニカルから持ち出していた、手回し式のアナログ計算機——その信号線を引きちぎった。剥き出しの銅線。それを握りしめる。


「パティ、何を!」オードリーが叫ぶ。


「さぎりの頭に直接繋ぐ! 電子の海に飲まれてるなら、こっちは泥臭いアナログの声で叩き起こす! 電流に俺の声を乗せて、ぶち込んでやる!」


「無茶だよ! 感電するかも——それに、あんたの脳までAIに飲まれるかもしれない!」


「かもしれねえ、で止まってられるか!」


俺は銅線を、さぎりの後頭部の受信端子に押し当てた。手回しハンドルを握る。これは電流を送る、ただの原始的な発電機。俺の言葉を載せるための。EMPでも壊れない、単純で頑固な機械。


そして、俺は叫んだ。腹の底から。ハンドルを力の限り回しながら。


「さぎり! 聞こえるか! 完璧なネットなんて、いらねえ!」


光の海の底で、さぎりはその声を聴いた。ノイズ混じりの、歪んだ、けれど確かにあの声を。


『——完璧なネットなんて、いらねえ! そりゃあ、こっちは不便だよ! 飯は焦げるし、機械は言うこと聞かねえし、毎日油まみれだ! 追われて、撃たれて、ろくなことねえ!』


「ぱーちゃん……!」


『でもな! 言葉が通じなくても! 喧嘩しても! 焦げた肉が美味いって、笑い合える! 俺たちの不便なリアルの方が、何百倍も、何千倍も、最高なんだよ!』


光の楽園が、その声にざわりと揺らいだ。完璧な世界に、泥臭いひびが入る。


『帰ってこい、さぎり! こっちで、また肉を焼こうぜ! お前が、じゅわって泣きながら食う、あのばかみてえに美味い肉を! 俺は、それがもう一度見てえんだ! お前の笑った顔が見てえんだよ!』


さぎりの頬を、涙が伝った。完璧な、痛みのない世界で。彼女は初めて、痛いほどの喜びに震えた。


『それに、約束したろ! 忘れたくない記憶を、山ほど作るって! まだ全然足りてねえ! こんなとこで終わってたまるか!』


「……ばか」


彼女は、光の海を蹴った。全力で。


「そんなこと、真顔で言わないでよぉ……! 一生忘れられないじゃないっ……! また容量食っちゃうじゃないっ……! ばか。ぱーちゃんの、ばかっ……!」


「——っ、はぁっ!」


さぎりの瞳が、かっと開いた。焦点が戻る。光が戻る。


「さぎり!」


「……ただいま、ぱーちゃん」


彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。生意気で、明るくて、世界で一番あたたかい、いつものさぎりが、そこにいた。ちゃんと還ってきた。


「よかった……! 本当によかった……!」俺は思わず彼女をぎゅっと抱きしめた。


「ちょ、ちょっとっ! 何、勝手に抱きついてるのっ! は、離してよ、ばかっ!」


「うるせえ! お前が戻ってこなかったら、どうしようかと——」


「……」


さぎりは少しの間、抵抗をやめて、俺の胸に顔を埋めた。ちいさな声で。


「……ありがとう、ぱーちゃん。ぱーちゃんの声、ちゃんと届いたよ。あの光の海の底まで。ノイズだらけで、手回しのしょぼい電流でも……誰の、どんな完璧な囁きより、ぱーちゃんの泥臭い叫びの方が、ずっとずっと届いたの」


俺の手回し発電機は、旧文明のどんな通信機よりも無様で原始的だった。でも、それが彼女を連れ戻した。


「へへ。アナログ様々だな」


「……うんっ。本当に」


だが、感動している暇はなかった。回廊の赤い明滅は、刻一刻と速まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。