最深部「ガラスの回廊」
ガラスの回廊。それは、超古代核の熱で融けた岩盤が、そのまま冷え固まった、天然の——いや、人為の産物だった。壁も、床も、天井も、すべてが黒曜石のように滑らかで、俺たちの姿を無数に、歪に映し出す。
「気持ち悪いな……」俺は自分の歪んだ影を見て呟いた。何十人もの俺が、壁の中で同時に動いている。
「静かに、ぱーちゃん」さぎりが囁いた。「この回廊、音を増幅する設計だよ。囁き声1つでも、奥まで反響して届いちゃうの。侵入者を察知するための構造だと思う」
俺たちは息を殺して回廊を進んだ。ルークが記憶する、非常停止レバーへの最短経路。だが、その道はまっすぐには続いていなかった。
「……罠だよっ」さぎりがぴたりと足を止めた。「この先の床、圧力感知式の機械式トラップ。踏めば、天井から鋼鉄の刃が落ちてくるの」
「電子じゃなくて機械式か。徹底してるな」
「重量50キロ以上で作動するの。……つまり、さぎり1人なら通れる。42キロだもんっ」さぎりが前に出ようとした。
「ダメだ」俺は即座に彼女の腕を掴んだ。「1人で行かせるかよ」
「でも、これは物理的に——」
「さぎり」俺は床をコツコツと叩いた。感圧板の位置を指の感触で探りながら。「圧力感知式なら、荷重を分散すればいい。ほら、この外した装甲板。これを床に敷いて、体重を『点』じゃなくて『面』で受ければ、単位面積あたりの圧力が下がる。俺の整備の基本だ。重いものを運ぶときのコツだよ」
さぎりが、青い目を見開いた。
「……そっか。点じゃなくて、面。作用圧力を分散……! なんで、さぎり気づかなかったんだろ。データは全部あったのに」
「お前は覚えるのが仕事。俺はこねくり回すのが仕事だ。役割分担だよ」俺はにっと笑った。「知識と知恵は、別もんだろ」
俺たちは装甲板を敷き、荷重を分散させながら、トラップの床を1枚、また1枚と渡っていった。さぎりの知識が罠の位置をミリ単位で教え、俺の知恵がそれを無効化する。オードリーが万一に備え導火線の準備を整え、ルークが巨腕で重い装甲板を運ぶ。
完璧な連携だった。誰か1人でも欠けたら成り立たない。
「……ねえ、ぱーちゃん」渡りきったさぎりがぽつりと言った。「ロークは『助け合いは絶対的な機械の前で通用しない』って言ったよね」
「言ったな」
「でも今、さぎりたち、彼の——いえ、古代人の『絶対的な機械の罠』を、助け合いで突破したよっ。誰も傷つけずに」
彼女の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。いつもの生意気なさぎりだ。恐怖を乗り越えた目で。
「思い知らせてやろっ。不完全なさぎりたちが力を合わせたら、どこまで行けるか。ロークにも、AIにも」
「おう。上等だ」
俺たちは拳を軽く突き合わせた。
「ちなみに」さぎりが歩きながら付け加えた。「今突破したトラップ、旧文明の記録によれば、歴代誰も生きて抜けた者はいないの。侵入者は全員、あの天井の刃で輪切りになってるっ」
「そういう情報は、渡る前に言えよ!」
「渡る前に言ったら、ぱーちゃんビビって手が震えたでしょ。荷重分散の精度が落ちるの。だから渡りきってから言ったんだよっ。これも合理的な判断っ。えへへ」
「お前なあ……!」俺は呆れて、それから噴き出した。「まったく、とんでもねえ女だよ、お前は」
「褒め言葉として受け取っておくねっ」
こんな絶体絶命の地下深くで、俺たちはまだ笑い合えていた。それが、たぶん俺たちの一番の武器だった。ロークにもAIにも、決して真似のできない。
回廊の最奥、分厚い機械式の隔壁が見えてきた。その向こうに、地下プラントの心臓部がある。非常停止レバーも、その先だ。
だが、隔壁の前に1人の男が待っていた。
ローク大佐。灰色の軍服をガラスの光に染めて。その手には、古めかしい機械式の入力端子が握られていた。歯車と真鍮のレバーでできた古典的な装置。
「ようこそ、ガラスの回廊の最奥へ」
ロークが酷薄に笑った。
「鍵を、こちらへ渡してもらおうか。そうすれば、技術者の命だけは助けてやってもいい」




